全身麻酔で眠っているのに、なぜもう1つ麻酔を足すのか。硬膜外麻酔を初めて見た研修医が、まず引っかかるところだと思います。
- 併用する理由への疑問
- 薬を投与する場所のイメージ
- 効く範囲の考え方
- 脊髄くも膜下麻酔との区別
答えを先にお伝えします。硬膜外麻酔は、術後の痛みのために行う麻酔です。術中から使いますが、目的の中心は目が覚めた後に置かれています。

全身麻酔で眠っているのに、どうして硬膜外麻酔まで入れるんですか。

目が覚めた後のことを考えているからです。術後の痛みは、そこで差がつきますよ。
この記事では、硬膜外麻酔がどこに効く麻酔なのか、なぜ全身麻酔に併用するのか、そして注意すべき合併症までを順に見ていきます。手技についても、見学のときに何が行われているのか分かる程度には触れていきます。
硬膜外麻酔とはどんな麻酔か

硬膜外麻酔は、背中から細いカテーテルを留置して、脊髄の近くに局所麻酔薬を届ける方法です。名前のとおり、硬膜の外側にある隙間へ薬を投与します。現場では硬麻(こうま)やエピと略して呼ばれることもあります。意識に作用する麻酔ではなく、痛みの伝わり方を途中で止める麻酔だと考えてください。まずは場所と効き方から整理しましょう。
薬を投与する場所
薬を届ける先は、硬膜外腔と呼ばれる隙間です。
背中から針を進めると、皮膚、皮下組織、いくつかの靭帯を通り、黄色靭帯を越えたところにこの隙間があります。そのすぐ内側には硬膜があり、さらに内側のくも膜下腔を髄液が満たしています。
- 皮膚から皮下組織
- 棘上靭帯と棘間靭帯
- 黄色靭帯
- その先にある硬膜外腔
硬膜を越えないことが、この手技の大前提です。越えてしまえば、狙いとは違う麻酔になってしまいます。
分節的に効く仕組み
硬膜外麻酔の効果は、カテーテルを留置した椎間を中心に分節的に現れます。
脊髄から出る神経は、支配する領域が分節ごとに決まっています。留置した椎間から薬が上下に広がるため、その範囲に対応する分節が麻酔されるという仕組みです。
手術の切開部位に対応する分節を狙って、穿刺する椎間を選びます。開胸手術なら胸椎、下腹部の手術なら下位胸椎から腰椎、といった具合になります。
全身麻酔との違い
全身麻酔は脳に作用して意識を消す麻酔です。
これに対して硬膜外麻酔は、脊髄に近い場所で神経の伝わりを止めます。意識には作用しないため、単独で使えば患者は起きたままの状態です。
作用する場所も、狙っている効果もまったく違います。だからこそ、組み合わせて使う意味が出てきます。
全身麻酔に併用する理由

ここがこの記事の中心です。全身麻酔で意識も痛みも抑えているのに、わざわざもう1つ麻酔を足すのはなぜか。見学していると、手間をかけている割に効果が見えにくく感じるかもしれません。理由は術中だけでなく、目が覚めた後にもあります。3つの視点から見ていきましょう。
全身麻酔そのものの仕組みについては、【全身麻酔の3要素】1つ欠けると何が起きるのかを現役医師が解説にまとめています。
術中の鎮痛を分担する役割
まず術中は、鎮痛の一部を硬膜外麻酔が引き受けます。
手術の刺激は、脊髄を通って脳へ伝わります。硬膜外麻酔はその経路を途中で止めるため、全身に投与する鎮痛薬の負担が軽くなるという理屈です。
同じ鎮痛を、違う経路から二重に確保していると考えると分かりやすいでしょう。
術後まで続く鎮痛効果
硬膜外麻酔の本領は、手術が終わってからです。
カテーテルを留置しておけば、術後も薬を持続的に投与できます。全身麻酔の薬は覚醒とともに切れていきますが、硬膜外麻酔は痛みが強い時期を越えるまで続けられるわけです。
目が覚めた瞬間から痛みの少ない状態をつくれることが、最大の利点になります。ほかの方法との組み合わせ方は、【術後鎮痛の方法】研修医が迷う決め方と組み合わせの考え方にまとめました。
オピオイドを減らせる利点
硬膜外麻酔が効いていれば、全身に使う鎮痛薬を減らせます。
オピオイドには吐き気や腸の動きを抑える作用があり、量が増えるほど術後の回復に影響します。硬膜外麻酔で痛みを抑えられれば、その分の投与を控えられるでしょう。
痛みを取ることと、回復を妨げないことを両立させるという発想です。
硬膜外麻酔が使われる場面

どの手術にも使うわけではありません。傷が大きく、術後の痛みが強くなると予想される手術で選ばれます。患者側の条件によっては見送ることもあるため、手術の内容と患者の状態の両方から判断します。代表的な場面を見ていきましょう。
開腹手術や開胸手術
もっとも使われるのは、体幹に大きな傷ができる手術です。
開腹手術や開胸手術では、術後に深呼吸や咳をするだけで痛みが走ります。痛くて動けない状態が続けば、回復そのものが遅れてしまいます。
痛みを抑えることが、早く動いて回復するための条件になります。
無痛分娩での使用
手術以外では、無痛分娩でも同じ手技が使われます。
陣痛の痛みを和らげながら、意識は保ったままお産に臨む方法です。硬膜外麻酔が一般の方にも知られているのは、この使われ方によるところが大きいでしょう。
使う薬の濃度や量は、手術のときとは異なります。痛みを和らげつつ、体は動かせる状態を保つ必要があるためです。
使いにくい患者の条件
一方で、避けたほうがよい状況もあります。
- 抗凝固薬や抗血小板薬の使用
- 穿刺部位の感染
- 出血しやすい状態
- 背骨の変形や手術の既往
実施できるかどうかは、術前評価の段階である程度見極めておきます。ただし当日の血液検査の結果を見て、最終的に判断する場面も少なくありません。難しいと判断すれば、別の鎮痛方法へ計画を切り替えます。
硬膜外麻酔の手技の流れ

ここからは、実際に何をしているのかを見ていきます。手元が見えにくい手技なので、流れを知ってから見学すると理解が進むはずです。清潔操作を保ちながら、手の感覚だけを頼りに進める手技だという点が最大の特徴になります。
体位と穿刺部位の決定
患者には、側臥位か坐位をとってもらいます。
背中を丸めてもらうと椎間が開き、針を進める隙間が広がります。穿刺する椎間は、手術の部位に対応する分節を目安に選びます。
体位をきちんと作れるかどうかで、手技の難しさが変わります。声をかけて姿勢を保ってもらうことも、立派な役割の1つです。
硬膜外腔を探す方法
硬膜外腔は目で見えないため、針から伝わる感覚を頼りに進めます。
黄色靭帯に達するまでの組織では、抵抗をあまり感じません。黄色靭帯に入ると、はっきりした抵抗が伝わるようになります。筆者自身は、黄色靭帯にはまった感覚が得られたところでガラスシリンジに持ち替え、抵抗が消えるまで進めるようにしてきました。
抵抗が消えた瞬間が、硬膜外腔に達したサインです。抵抗消失法と呼ばれる方法で、硬膜外麻酔の中心となる手技になります。
カテーテルの留置と固定
硬膜外腔に達したら、針を通してカテーテルを進めます。
カテーテルが血管内やくも膜下へ迷入していないかを確かめるため、テストドーズと呼ばれる少量の投与を行います。血管内であれば脈拍などに変化が出ますし、くも膜下であれば予想より強い麻酔効果が現れます。
- 少量投与による迷入の確認
- 投与した薬剤と量の把握
- 背中への確実な固定
上級医から今何を入れたのかと問われる場面は少なくありません。何をどれだけ投与したかは、常に答えられるようにしておきましょう。
カテーテルは背中にしっかり固定します。術後も使い続ける以上、抜けない固定が欠かせません。
硬膜外麻酔で注意する合併症

有用な手技である一方、合併症がないわけではありません。研修医のうちから知っておくべき内容なので、正直にお伝えします。頻度は施設や患者によって差があるため、ここでは数字を挙げません。起こりうるものとして押さえてください。局所麻酔薬そのものによる中毒については、【局所麻酔薬中毒の対応】研修医が押さえる症状と最初にやることにまとめました。硬膜穿刺やテストドーズ、カテーテルを抜くときの注意など、合併症の詳しい内容は【硬膜外麻酔の合併症】研修医が知りたい硬膜穿刺と血管内投与の防ぎ方で解説しています。
血圧低下と対応
もっとも日常的に出会うのが、血圧の低下です。
局所麻酔薬は痛みを伝える神経だけでなく、血管の緊張を保つ交感神経にも作用します。その結果として血管が広がり、血圧が下がります。
投与を始めた直後は、血圧の変化に注意が必要です。輸液や昇圧薬で対応しながら進めていきます。
硬膜穿刺後頭痛
針が硬膜を越えてしまうと、髄液が漏れ出します。その結果として頭痛が起こることがありますが、穿刺した直後に現れるわけではありません。
時間をおいてから出てくるため、手技の最中には気づけないのが厄介なところです。起き上がると強くなり、横になると和らぐのが特徴で、時間とともに軽快することが多いものの、日常生活に支障が出る場合には処置を検討することもあるでしょう。
硬膜を越えないことが、そのまま予防になります。
硬膜外血腫と抗凝固薬
頻度は高くないものの、最も注意すべきなのが硬膜外血腫です。
硬膜外腔に血液がたまると、脊髄が圧迫されて麻痺につながることがあります。血が止まりにくい状態では、そのリスクが上がってしまいます。
抗凝固薬や抗血小板薬を使っている患者では、特に慎重な判断が必要です。休薬の考え方はガイドラインで示されているので、実施前に必ず確認してください。
硬膜外麻酔のよくある質問

ここからは、硬膜外麻酔について研修医からよく受ける質問にお答えします。見学中には聞きにくい細かい点も含めました。区別がつきにくい用語ほど、早めに整理しておくと楽になります。気になる項目から読んでみてください。
硬膜外麻酔はどこに効くのか
カテーテルを留置した椎間を中心に、上下の決まった範囲に効きます。脊髄から出る神経は、支配する領域が分節ごとに決まっているためです。効かせたい場所に合わせて、穿刺する椎間を選びます。開胸手術なら胸椎、下腹部の手術なら下位胸椎から腰椎が目安です。
硬膜外麻酔で血圧が下がるのはなぜか
局所麻酔薬が、痛みを伝える神経だけでなく、血管の緊張を保つ交感神経にも作用するからです。交感神経が遮断されると血管が広がり、血圧が下がります。投与を始めた直後は、血圧の変化に特に注意してください。
抗凝固薬で硬膜外麻酔を避けるのはなぜか
血が止まりにくい状態で硬膜外腔に出血すると、硬膜外血腫ができて脊髄を圧迫し、麻痺につながるおそれがあるからです。頻度は高くありませんが、起きたときの影響が大きい合併症です。休薬の考え方は、ガイドラインで確かめてから判断します(出典:抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン)。硬膜外麻酔を避けたいときに選ぶ末梢神経ブロックについては、【末梢神経ブロックとは】硬膜外麻酔と何が違いどんなときに選ぶのかにまとめました。
脊髄くも膜下麻酔との違い
薬を投与する場所が違います。脊髄くも膜下麻酔は硬膜の内側にある髄液の中へ、硬膜外麻酔はその手前の隙間へ薬を届けます。少量で速く効くのが脊髄くも膜下麻酔、カテーテルを留置して長く使えるのが硬膜外麻酔と整理すると分かりやすいでしょう。詳しくは【脊髄くも膜下麻酔とは】硬膜外麻酔と何がどう違うのかにまとめています。
効いているかの確かめ方
覚めている患者であれば、冷たいものを当てて感覚の差を確かめる方法がよく使われます。麻酔が効いている範囲では、冷たさを感じにくくなるためです。全身麻酔中は本人に聞けないため、循環の変化や鎮痛薬の必要量から推し量ります。
カテーテルを抜くタイミング
術後の痛みが落ち着いたころに抜きます。手術の内容や痛みの程度によって時期は変わりますが、長く留置するほど感染のリスクが高まるため、漫然と置き続けるものではありません。抜くときにも、抗凝固薬の使用状況を確認してから行います。
効きが不十分なときの対応
効く範囲がずれていたり、片側にしか効いていなかったりすることがあります。そうした場合は、投与している流量を増やす、カテーテルの留置長を短くするといった調整を行います。それでも改善しなければ、別の鎮痛方法へ切り替える判断も必要になります。
痛みを完全に取れるのか
完全にゼロにできるとは限りません。とくに動いたときの痛みまで抑えるのは難しく、ほかの鎮痛薬と組み合わせるのが一般的です。目指すのは、痛みで動けない状態を避けることだと考えてください。
研修医が最初に覚えること
どの手術で使い、どこに留置し、何に注意するのかという全体像です。手技そのものは、指導医の監督下で段階的に学べます。見学のうちは、術後の痛みの取れ方まで追いかけてみてください。効果を実感できると理解が一気に進みます。
まとめ 硬膜外麻酔という選択

硬膜外麻酔は、全身麻酔の不足を補うためではなく、術後の回復まで見据えて選ばれる方法です。手間はかかりますが、目が覚めた後の患者の様子を見ると、その意味がよく分かります。
- 硬膜外腔に薬を届ける麻酔
- 椎間を中心に現れる分節的な効果
- 術後まで続けられる鎮痛
- 血圧低下という日常的な変化
- 抗凝固薬と硬膜外血腫への注意
ローテート中は、術後の回診まで含めて担当してみてください。自分がかけた麻酔がどう効いたのかを確かめ、うまくいかなかった点を次の症例へ返す。その繰り返しが、手技の理解を一番深めてくれます。
当ブログでは、麻酔科の現場で実際に起きていることを現役麻酔科医の視点で発信しています。全身麻酔の仕組みは【全身麻酔の3要素】1つ欠けると何が起きるのかを現役医師が解説に、ローテ前の準備は【麻酔科研修医のホントのところ】ローテ前の準備と評価される動き方にまとめました。疑問があればコメント欄で聞かせてください。


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