脊髄くも膜下麻酔と硬膜外麻酔。どちらも背中から針を刺す麻酔ですが、この2つの区別がつかないまま見学している研修医は少なくありません。
- 硬膜外麻酔との見分け方
- 薬の量がまるで違う理由
- 効く範囲の決まり方
- 血圧が下がる仕組み
違いを押さえる鍵は、針をどこまで進めるかにあります。硬膜を越えるかどうかで、麻酔の性質はまったく別のものになります。

硬膜外麻酔と同じように背中から刺していましたが、何が違うんですか。

針を止める場所が違います。そこが分かると、薬の量も効き方も納得できますよ。
この記事では、脊髄くも膜下麻酔がどこに効く麻酔なのか、硬膜外麻酔と何がどう違うのか、そして注意すべき点までを順に見ていきます。手技の流れにも、見学のときに何が行われているのか分かる程度には触れていきます。
脊髄くも膜下麻酔とは何か

脊髄くも膜下麻酔は、背中から針を進めて、髄液の中へ直接局所麻酔薬を入れる方法です。硬膜を越えた先にある、くも膜下腔が目的地になります。神経が髄液に浸かっている場所へ薬を届けるため、ごく少量で効果が出ます。まずは場所と特徴から整理しましょう。
薬を届ける場所
薬が入るのは、髄液で満たされたくも膜下腔です。
背中から針を進め、靭帯を通り、硬膜とくも膜を越えたところにこの空間があります。脊髄から出た神経が髄液の中を走っているため、薬はそのまま神経に触れることになります。
- 皮膚から靭帯を通る経路
- 硬膜とくも膜を越えた先
- 髄液で満たされたくも膜下腔
硬膜を越えることが前提の麻酔だという点が、硬膜外麻酔との決定的な違いになります。
複数ある呼び方
この麻酔には、いくつもの呼び方があります。
脊椎麻酔、腰椎麻酔、脊麻(せきま)、スパイナルなど、施設や場面によって使われる言葉が変わります。どれも同じ手技を指しているので、混乱しないようにしておきましょう。
正式な名称は脊髄くも膜下麻酔です。薬をどこに入れているのかが名前そのものに表れているため、覚えるならこの呼び方が理にかなっています。
少量で効く理由
使う薬の量は、硬膜外麻酔と比べてごくわずかです。
硬膜外麻酔では、薬が硬膜を通り抜けて神経へ届くまでに距離があります。一方でくも膜下腔では、薬と神経の間に隔てるものがありません。
神経に直接届くぶん、少ない量で確実に効きます。そのかわり、入れた薬がどこまで広がるかが効果を大きく左右することになります。
硬膜外麻酔との違い

ここがこの記事の中心です。2つの麻酔は見た目こそ似ていますが、性質はかなり異なります。場所と効き方と役割の3点で整理すると、混同しなくなります。現場では、脊髄くも膜下麻酔を「脊麻(せきま)」、硬膜外麻酔を「硬麻(こうま)」と略して呼ぶこともあります。順に比べていきましょう。
硬膜外麻酔そのものについては、【硬膜外麻酔とは】全身麻酔があるのになぜ併用するのかにまとめています。
硬膜を越えるか越えないか
最も大きな違いは、針を止める場所です。
硬膜外麻酔は硬膜の手前で止め、脊髄くも膜下麻酔は硬膜を越えて髄液の中まで進めます。硬膜外麻酔にとって硬膜穿刺は避けたい事態ですが、こちらでは越えなければ始まりません。
同じ硬膜が、一方では越えてはいけない境界、もう一方では通過点になります。
効果が出るまでの速さ
効き始めるまでの時間も大きく異なります。
脊髄くも膜下麻酔では、薬を入れてから短い時間で麻酔範囲が広がっていきます。硬膜外麻酔は薬が組織を通って神経へ届くため、効果が安定するまでに時間がかかるでしょう。
速く効くということは、血圧の変化も速く現れるということです。投与してからしばらくは、目を離せない時間が続きます。
担う役割の違い
3つ目の違いは、麻酔全体のなかで担っている役割です。
- 1回の投与で完結する脊髄くも膜下麻酔
- カテーテルを置いて続けられる硬膜外麻酔
- 両者を組み合わせる方法
脊髄くも膜下麻酔は手術の麻酔そのものとして成立し、硬膜外麻酔は鎮痛を足す役割で使われます。術後の痛みのために脊髄くも膜下麻酔を選ぶことはありません。
硬膜外麻酔だけで手術を行う場面もありますが、全身麻酔を避けたい事情があるときに限られます。呼吸機能が悪く抜管できない可能性のある患者に対して、硬膜外麻酔と軽い鎮静で開腹手術を行うといった選択です。帝王切開のように、両方を併用する場面もあります。
脊髄くも膜下麻酔が選ばれる手術

どんな手術にも使えるわけではありません。麻酔される範囲が下半身に限られるため、適応はおのずと絞られます。手術の部位と時間の見込みが、選択の決め手になります。代表的な場面を見ていきましょう。
下半身で完結する手術
下肢や下腹部、会陰部の手術が主な対象になります。
整形外科の下肢手術や泌尿器科の手術、肛門周囲の手術などが代表的です。上腹部より高い部位の手術では、必要な麻酔範囲が広くなりすぎるため向きません。
手術時間が読めることも、選ぶうえで欠かせない条件になります。1回の投与で効果が切れてしまうためです。
帝王切開での使用
帝王切開は、この麻酔が広く使われる代表的な場面です。
母体の意識を保ったまま手術ができ、薬が胎児へ移行する量も抑えられます。生まれた瞬間に立ち会えることも、選ばれる理由の1つでしょう。
妊婦では麻酔の広がり方が変わるため、投与量の考え方にも配慮が要ります。研修で担当する機会があれば、指導医の判断をよく聞いてみてください。
全身麻酔を避けたい場面
全身状態によっては、全身麻酔を避けたいこともあります。
呼吸器に問題を抱えている患者や、気道確保が難しいと予想される患者などです。意識と自発呼吸を保ったまま手術ができる点は、大きな利点になります。
ただし麻酔範囲が高くまで及べば、呼吸にも影響が出ます。避けたはずのリスクが形を変えて現れることは、頭に入れておきましょう。
脊髄くも膜下麻酔の手技の流れ

ここからは、実際の手技を追っていきます。硬膜外麻酔と似た準備から始まりますが、確認するポイントも薬を入れた後の動きも違います。薬を入れた瞬間から麻酔が広がり始めるため、投与後の対応が問われます。順に見ていきましょう。
体位と穿刺部位の決め方
側臥位か坐位をとってもらい、背中を丸めて椎間を開きます。穿刺する場所は、脊髄そのものを傷つけない高さを選びます。
脊髄は途中で終わっており、その下は神経が束になって走っています。高さの目印には、左右の腸骨の最も高い点を結んだヤコビー線が使われます。この線が第4腰椎のあたりを通るため、そこを基準に第3腰椎と第4腰椎の間、あるいは第4腰椎と第5腰椎の間から穿刺します。
脊髄が終わった高さより下から穿刺するのが原則です。硬膜外麻酔のように手術部位へ合わせて高さを変えるわけではありません。
髄液の逆流という確認
針がくも膜下腔に届いたかどうかは、髄液が返ってくるかで判断します。
針の内筒を抜いたとき、透明な髄液が流れ出てくれば到達した証拠です。硬膜外麻酔が抵抗の消失を目印にするのに対し、こちらは目で見て確かめられるのが特徴でしょう。
髄液を確認できて初めて、薬を入れてよい状態になります。ここが確認できなければ、位置を調整してやり直します。
薬を入れた後の体位管理
薬を入れたら、そこからが勝負です。
使う薬には、ブドウ糖を加えて髄液より比重を高くした高比重液と、髄液とほぼ同じ比重に調整した等比重液があります。高比重液は重力に従って低いほうへ流れるため、患者の姿勢を変えれば広がる方向を誘導できます。
- ブドウ糖で比重を高めた高比重液
- 髄液と比重が近い等比重液
- 体位で誘導できるのは高比重液
投与直後の体位が、麻酔範囲を決めます。広がりすぎれば血圧が下がり、足りなければ手術ができません。ここは麻酔科医が最も神経を使う時間帯です。
脊髄くも膜下麻酔で注意すること

効果が確実なぶん、影響も速く強く現れます。研修医のうちから知っておくべき内容なので、正直にお伝えします。頻度は施設や患者によって差があるため、ここでは数字を挙げません。起こりうるものとして押さえてください。
麻酔範囲と血圧低下
最も日常的に出会うのが血圧の低下です。
麻酔される範囲には、血管の緊張を保つ交感神経も含まれます。範囲が広がるほど血管が拡張し、血圧が下がっていきます。
硬膜外麻酔より変化が速いため、先回りした対応が必要です。輸液や昇圧薬をあらかじめ準備しておきます。
予想より上がる高位脊麻
麻酔範囲が想定より高くまで及ぶことがあります。
高位脊麻と呼ばれる状態で、呼吸に関わる筋の力が落ちたり、血圧が大きく下がったりします。息苦しさや手のしびれを訴える場合は、範囲が上がってきているサインかもしれません。
投与後しばらくは、範囲と患者の訴えを繰り返し確認します。異変に早く気づけるかどうかが分かれ目になります。
術後に起こる頭痛
硬膜を越える手技である以上、髄液が漏れる可能性は避けられません。
その結果として頭痛が起こることがありますが、穿刺した直後に現れるわけではありません。時間をおいてから出てくるため、起き上がると強くなり横になると和らぐという特徴で気づかれます。
細い針やペンシルポイント型の針を使うことが、起こりにくくする工夫です。先端が鋭利でないぶん、硬膜の繊維を切らずに押し広げる形になります。術後に頭痛を訴える患者がいれば、この可能性を思い出してください。
脊髄くも膜下麻酔のよくある質問

ここからは、脊髄くも膜下麻酔について研修医からよく受ける質問にお答えします。見学中には聞きにくい細かい点も含めました。硬膜外麻酔と対にして覚えると、整理がつきやすくなります。気になる項目から読んでみてください。
麻酔範囲の確かめ方
冷たいものを当てて、感覚の差を確かめる方法がよく使われます。麻酔が効いている範囲では、冷たさを感じにくくなるためです。手術が始められる範囲まで効いているかを、切開の前に必ず確認します。
効果が切れるまでの時間
使う薬や量によって変わるため、一律の目安はお示しできません。手術の見込み時間に対して効果が足りるかどうかは、投与前に検討しておく必要があります。足りなくなりそうな手術では、最初から別の方法を選びます。
意識は保たれるのか
意識に作用する麻酔ではないため、患者は起きたままです。ただし手術中の緊張を和らげる目的で、鎮静薬を併用することもあります。眠っていても、意識を消すのは併用した鎮静薬の働きです。
効きが不十分なときの対応
範囲が足りない場合は、体位を調整して広がりを促します。それでも手術に必要な範囲に届かなければ、局所麻酔の追加や全身麻酔への切り替えを検討します。痛みを我慢させたまま手術を進めることはありません。
繰り返し使えるのか
基本的には1回の投与で完結する麻酔です。カテーテルを留置して繰り返し投与する方法もありますが、一般的ではありません。効果が足りなくなる可能性を見込むのであれば、最初から全身麻酔を選ぶほうが確実です。
研修医が最初に覚えること
硬膜外麻酔との違いを、場所と効き方と役割の3点で言えるようになることです。手技そのものは、指導医の監督下で段階的に学べます。投与後の血圧と麻酔範囲を追いかける習慣をつけてください。この麻酔で最も学びが多い時間帯です。
まとめ 脊髄くも膜下麻酔の要点

脊髄くも膜下麻酔は、硬膜を越えて髄液の中へ薬を届ける麻酔です。少量で速く確実に効く一方、範囲の広がりと血圧の変化から目を離せません。
- 硬膜を越えて届ける少量の薬
- 場所と効き方と役割の違い
- 髄液の逆流という到達の確認
- 体位で誘導できる麻酔範囲
- 速く強く現れる血圧の低下
薬を入れた後の10分ほどを、意識して観察してみてください。範囲が広がり、血圧が動き、患者の訴えが変わっていく。この麻酔の要点は、その時間に詰まっています。
当ブログでは、麻酔科の現場で実際に起きていることを現役麻酔科医の視点で発信しています。硬膜外麻酔は【硬膜外麻酔とは】全身麻酔があるのになぜ併用するのかに、全身麻酔の仕組みは【全身麻酔の3要素】1つ欠けると何が起きるのかを現役医師が解説にまとめました。区域麻酔のもう1つの方法である末梢神経ブロックは、【末梢神経ブロックとは】硬膜外麻酔と何が違いどんなときに選ぶのかで解説しています。疑問があればコメント欄で聞かせてください。


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