マスクを当てているのに胸が上がらない。バッグを押しても手応えがない。麻酔科をローテートした研修医が、最初につまずきやすいのがマスク換気です。
- 胸がうまく上がらない
- どこから漏れているか分からない
- 片手で保持しきれない
- 次に何をすればよいか分からない
マスク換気は、力で押し込む手技ではありません。うまくいかないときは、頭部後屈と顎先挙上ができているかに戻るのが近道です。

マスクを強く押しつけても、うまく入らないことがあります。

押しつけるより、顎を引き上げるほうが効きます。基本に戻ると、意外とすんなり入りますよ。
この記事では、マスクの持ち方から換気できているかの確かめ方、入らないときに見直す順番、そして次の手までを整理します。日本麻酔科学会の気道管理ガイドラインに挙げられている改善方法もあわせて紹介します。
マスク換気が必要になる場面

マスク換気は、麻酔導入のときだけの手技ではありません。気道確保のすべての土台になります。挿管できなくても換気さえできていれば、患者は危険な状態になりません。まずは、どんな場面で必要になるのかを整理しておきましょう。
麻酔導入のとき
麻酔導入で自発呼吸が止まったあと、最初に行う換気がマスク換気です。
意識が消えてから気管挿管や声門上器具の挿入が終わるまで、患者の呼吸は麻酔科医の手に委ねられます。この時間を安全に過ごせるかどうかが、導入の安定を左右します。
- 自発呼吸が止まったあとの換気
- 挿管までの酸素化の維持
- 筋弛緩薬が効くまでの時間
導入の流れの中でマスク換気がどこに入るのかは【麻酔導入の流れ】研修医が入室から挿管までに見るべきことにまとめました。
挿管までのつなぎ
挿管の準備が整うまでのあいだも、マスク換気で酸素化を保ちます。
筋弛緩薬が十分に効くまでには時間がかかります。焦って浅い状態で挿管に進むより、マスクで換気しながら待つほうが結果的に早く終わります。
待つ時間を作れることが、マスク換気ができることの価値です。
挿管できないときの命綱
挿管がうまくいかなかったときも、マスク換気ができれば立て直せます。
ガイドラインでは、フェイスマスクによる換気が保てている状態を安全な領域としています。換気が不十分になったり不可能になったりした場合に、次の段階へ移ることとされています。
- 挿管に失敗しても保てる酸素化
- 考え直すための時間
- 次の手を選ぶ余裕
挿管の成否より、換気が保てているかどうかが重要です(出典:日本麻酔科学会「気道管理ガイドライン2014」)。
救急の現場でも使うスキル
マスク換気は、手術室の中だけの手技ではありません。
呼吸が止まった患者に酸素を送り込む方法として、救急や蘇生の場面でも最初に行われます。麻酔科ローテでこの手技を身につけておけば、どの科へ進んでも使える力になります。
- 手術室での麻酔導入
- 救急外来での初期対応
- 院内での急変対応
麻酔科ローテから最も持ち帰りやすい技術の1つです。麻酔科研修が将来に活きる理由は【麻酔科研修医のホントのところ】ローテ前の準備と評価される動き方にまとめました。
マスク換気の基本の持ち方

基本の形を作れているかどうかで、換気の入り方はまったく変わります。強く押しつけることと、密着させることは違います。ここでは、気道の形の作り方とマスクの保持を確認します。
頭部後屈と顎先挙上
マスクを当てる前に、気道が通る形を作ります。
頭を後ろに倒し、顎の先を持ち上げる。この2つで舌の付け根が持ち上がり、空気の通り道が開きます。ガイドラインでも、スニッフィングポジションや頭部後屈は有効な頭位として挙げられています。
- 頭部後屈
- 顎先挙上
- 開いた状態の口
うまくいかないときに最初に戻るのが、この基本の形です(出典:日本麻酔科学会「気道管理ガイドライン2014」)。
EC法でのマスク保持
左手の親指と人差し指でC、残りの3本でEの形を作ります。
親指と人差し指はマスクを軽く押さえ、中指から小指は下顎の骨にかけて引き上げます。指先が骨の上にあるかを意識してください。顎の下の柔らかい部分を押すと、かえって気道が狭くなります。
- 親指と人差し指で作るC
- 中指から小指で作るE
- 下顎の骨にかける指先
マスクを押し下げるのではなく、顔をマスクに引き上げる意識で持ちます。
蛇管の重みを使うフィッティング
右側からリークするときに使えるコツがあります。
患者の顔を少し右に傾け、マスクにつないだL字コネクタと蛇管を右側へ流します。その重みがマスクの右側を押さえてくれるため、左手だけでも密着が保ちやすくなります。
- 顔を少し右へ傾ける
- コネクタと蛇管を右へ流す
- 重みで右側を密着させる
左手だけで4辺を押さえようとせず、道具の重みも使ってください。
換気できているかの確かめ方

換気が入っているつもりでも、実際には空気が肺へ届いていないことがあります。胸の動きとバッグの手応えを土台にして、モニターの指標を重ねて確かめます。ここでは3つの確認方法を挙げます。
胸の動きとバッグの手応え
最初に見るのは、胸が上がっているかどうかです。
バッグを押したときの抵抗も手がかりになります。抵抗が強すぎれば気道が塞がっている可能性があり、手応えがまったくなければどこかから漏れています。
- 胸郭の上がり方
- バッグを押したときの抵抗
- 呼気でのバッグの戻り
研修医は、換気ができているかどうかをモニターの数値で判断しがちです。ただし麻酔科に進まない限り、モニターがそろった環境でマスク換気をする機会はそれほど多くありません。救急や蘇生の現場では、胸の上がりとバッグの戻りだけで判断しなければならない場面のほうが多いのです。
抵抗が強いのか、抜けてしまうのか。この違いが次の一手を決めます。胸の動きとバッグの手応えだけで判断できるようになることを、最初の目標にしてください。
カプノグラムの波形
換気の状態を客観的に示してくれるのがカプノグラムです。
ガイドラインでは、波形をもとに換気の状態を3段階に分けて評価することが勧められています。正常な波形が続いていれば、換気ができている状態だと判断できます。
- 正常な波形が続く状態
- 不十分な換気の波形
- 波形が出ない状態
波形が出ていないときは、胸が動いているように見えても換気できていません(出典:日本麻酔科学会「気道管理ガイドライン2014」)。波形の読み方は【麻酔のモニターの見方】研修医が最初に押さえる数値と波形にまとめました。
気道内圧とリーク音
麻酔器の画面に出る気道内圧も、原因を切り分ける材料になります。
圧が上がらないままならガスが漏れており、圧は上がるのに胸が動かないなら気道が塞がっています。マスクの縁から空気の抜ける音が聞こえることもあります。
リークなのか閉塞なのかを、この段階で見分けておいてください。
入らないときの見直し順

ここからが本題です。ガイドラインでは、マスク換気を改善させる方法が、気道内圧を上げられるかどうかで2つに分けて示されています。圧が上がらないならリーク、圧は上がるのに入らないなら閉塞。この切り分けが出発点になります。順に見直していきましょう(出典:日本麻酔科学会「気道管理ガイドライン2014」)。
頭部後屈と顎先挙上の確認
最初に戻るのは、やはり基本の形です。
途中で頭の位置が動いたり、指が顎の柔らかい部分に落ちていたりすることはよくあります。ガイドラインでも、頭部後屈と下顎の前方移動、開口を両手で確実に行うことが改善方法として挙げられています。
- 動いていないかの頭の位置
- 骨にかかっているかの指先
- 開いているかの口
基本ができていないまま次の手に進んでも、たいてい改善しません。
マスクの密着とリーク
気道内圧が上がらないときは、どこかから漏れています。
頬がこけている、ひげがある、歯がない。こうした条件ではマスクが浮きやすくなります。ガイドラインでは、両手法などでマスクの密着を改善することや、漏れを補うために酸素の流量を増やすことが挙げられています。
- 顔の凹凸による隙間
- ひげによる浮き
- 歯がないことによるこけた頬
- 顔を右へ傾けて使う蛇管の重み
漏れている場所を探すより、密着のさせ方を変えるほうが早いこともあります。
エアウェイを入れる
圧は上がるのに胸が動かないときは、気道のどこかが塞がっています。
舌の付け根が落ち込んでいることが多いため、エアウェイを入れると改善します。特に理由がなければ、まず経口エアウェイを選びます。サイズは、経口エアウェイなら口角から下顎角までの長さ、経鼻エアウェイなら鼻孔から耳珠までの長さが目安です。
- 口角から下顎角までの経口エアウェイ
- 鼻孔から耳珠までの経鼻エアウェイ
- 鼻孔に無理なく入る太さ
サイズが合っていないエアウェイは、かえって気道を塞ぎます。麻酔が浅いと経口エアウェイで嘔吐反射を誘発することがあり、経鼻エアウェイでは鼻出血に注意が必要です。
両手法に切り替える
片手では難しいと感じたら、迷わず両手法に切り替えます。抜管の直後に気道が閉じたときも、同じ両手法が最初の手になります(【抜管の基準】研修医が押さえる4つの条件と迷ったときの判断)。
両手でマスクを保持し、麻酔器の人工呼吸器か介助者にバッグを任せます。ガイドラインでも、人工呼吸器を用いた両手でのマスク換気が改善方法として挙げられています。
- 両手でのマスク保持
- 人工呼吸器や介助者への換気の分担
- 逆トレンデレンブルグ体位や半座位
片手で粘るより、早く両手に替えるほうが確実です。
それでも換気できないとき

見直しても換気が入らないときは、次の段階へ進みます。ここで迷う時間がいちばん危険です。マスクにこだわらず、酸素化を保てる方法へ移ることを優先してください。
筋弛緩薬という選択肢
筋弛緩薬がまだ入っていなければ、投与することで換気が改善する可能性があります。
ガイドラインでは、筋弛緩薬が投与されていなければ投与することが、マスク換気を改善させる方法の1つとして挙げられています。換気ができないから入れないという判断が、常に正しいわけではありません。
迷ったときは1人で決めず、指導医に相談してください(出典:日本麻酔科学会「気道管理ガイドライン2014」)。
応援を呼ぶ
呼ぶかどうか迷った時点で呼びます。
両手法に切り替えると、バッグを押す人やエアウェイを渡す人が必要になります。人が増えるだけでできることは一気に増えます。
- バッグを押す人
- 器具を準備する人
- 次の手を考える人
人を呼ぶのは、困り切ってからでは遅いこともあります。
声門上器具への移行
マスクで換気できなければ、声門上器具に移ります。サイズの選び方と挿入の手順は【ラリンジアルマスクの挿入】研修医が押さえるサイズ選びと手順にまとめました。
ガイドラインでは、フェイスマスクで換気ができない状態を次の領域へ移る合図としています。声門上器具は、準備ができしだい遅れずに入れるべきものとされています。
- マスクでの換気の限界
- 声門上器具による換気
- さらに先の外科的気道確保
器具を替えることは、失敗ではなく手順の一部です。挿管がうまくいかないときの動き方は【気管挿管のコツ】声門が見えないときに見直す順番にまとめました(出典:日本麻酔科学会「気道管理ガイドライン2014」)。
マスク換気のよくある質問

マスク換気について、研修医からよく受ける質問をまとめました。実際の手順や使える器具は施設によって違うため、指導医に確認しながら進めてください。
マスクのサイズの選び方
鼻の付け根から下顎の先までを覆えるサイズを選びます。大きすぎると目を圧迫し、小さすぎると鼻や口から漏れます。顔に当ててみて、縁が骨の上に乗るサイズを選んでください。
ひげのある患者での工夫
ひげがあるとマスクが浮き、漏れやすくなります。両手法に切り替えるだけで改善することもあります。施設によっては、ひげを濡らす、フィルムを貼るといった工夫をしている場合もあります。
歯がない患者で入らないとき
歯がないと頬がこけ、マスクの縁が浮きやすくなります。義歯を外さずに換気することもあれば、頬の外側から指で支える方法もあります。ガーゼを頬の内側に入れて膨らませ、こけた部分を埋めるという工夫もあります。エアウェイを併用すると、気道の開通と密着の両方を改善できます。
経口と経鼻のエアウェイの使い分け
どちらでも構いませんが、特別な理由がなければ経口エアウェイを先に使います。鼻からの出血が心配な場合や、開口が難しい場合には経鼻エアウェイを選びます。どちらもサイズが合っていることが前提です。
胃に空気が入るのを防ぐには
高い圧で一気に押し込むと、空気が食道から胃へ流れ込みます。胃が膨らむと横隔膜が押し上げられ、かえって換気しにくくなります。ガイドラインには、20cmH2Oを超える最高気道内圧は胃への送気をもたらし、酸素化や気道の防御機構を損なう可能性があると書かれています。筆者は余裕をみて、15cmH2Oを超えないように換気するよう研修医に教えています。ゆっくり押して、胸が上がる分だけ入れるのが基本です(出典:日本麻酔科学会「気道管理ガイドライン2014」)。
研修医がまず練習すること
難しい症例で練習するより、換気しやすい患者で基本の形を固めるほうが上達します。頭位の作り方と指のかけ方を、毎回同じようにできるかを確かめてください。片手で難しいと感じた時点で両手に替える。この判断も練習のうちです。
まとめ マスク換気のコツ

マスク換気は、力ではなく形の手技です。頭部後屈と顎先挙上で気道を開き、EC法で顔を引き上げ、必要なら蛇管の重みや両手法を使う。入らないときは、リークなのか閉塞なのかを切り分けてから次の手を選びます。
- 最初に戻る頭部後屈と顎先挙上
- 顔を引き上げるEC法
- 蛇管の重みを使うフィッティング
- リークと閉塞の切り分け
- 早めに切り替える両手法
次にマスクが入らなかったら、力を強める前に頭位と指の位置を確かめてください。そこで入ることが、思っているより多くあります。
当ブログでは、麻酔科の現場で実際に行われていることを現役麻酔科医の視点で発信しています。導入全体の流れは【麻酔導入の流れ】研修医が入室から挿管までに見るべきことに、気管挿管の手技は【気管挿管のコツ】声門が見えないときに見直す順番にまとめました。疑問があればコメント欄で聞かせてください。


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