手術は順調に進んでいる。ふとモニターを見ると、SpO2の波形が平らになり、動脈圧の波形も小さくなっている。術中心停止は、こうした「いつもと違う」から始まることが多い出来事です。
- 術中心停止に立ち会ったことがない
- モニターの異常を見落としそう
- 止まったときの動き方が分からない
- 研修医にできることが分からない
術中心停止は、多くの研修医がまだ経験していない場面です。ただ、心停止の前には何らかの変化が出ていることが少なくありません。止まってから慌てるより、止まる前の異変に気づくことがいちばんの備えです。

手術中に心停止したら、自分が何をすればいいのか想像もつきません。

まずは止まる前の変化に気づくことです。術野とモニターを見ていれば、気づけることは多いですよ。
この記事では、日本麻酔科学会の「術中心停止に対するプラクティカルガイド」をもとに、術中心停止の特徴、止まる前のサイン、気づいてから最初の1分、手術室での胸骨圧迫と換気、原因の探し方、研修医にできることを整理します。
術中心停止の特徴

プラクティカルガイドによると、麻酔科管理症例での心停止の発生率は、2014年の1万症例あたり1.18件から2016年の1.04件へと少しずつ減っています(出典:日本麻酔科学会 術中心停止に対するプラクティカルガイド)。頻度は高くありませんが、起きたときの動き方には手術室ならではの特徴があります。目の前で起き、準備が整っている心停止だからこそ、救える可能性が高いのです。
院外の心停止との違い
手術中の患者には、すでに多くの準備がそろっています。
- モニターが付いている
- 気道が確保されていることが多い
- 点滴のルートがある
- 予兆から目撃されていることが多い
プラクティカルガイドは、これらに加えて、全身麻酔中は酸素消費量が下がっているため臓器を守る効果が得られる可能性も挙げています。救急外来や病棟よりも、蘇生を始める条件はそろっています。
予後は比較的よい
術中心停止は、院外や病棟での心停止と比べて予後がよいと報告されています。プラクティカルガイドが引用している報告では、術中心停止で最も多いリズムは心静止でしたが、生存率は30.5〜80%で、院内心停止の約10%より高い結果でした(出典:日本麻酔科学会 術中心停止に対するプラクティカルガイド)。
そのためプラクティカルガイドは、救命できる可能性が高いので、諦めずに蘇生を続けることを求めています。
最初のリズムは心室細動とはかぎらない
院外の突然の心停止は、心筋梗塞などによる心室細動が多いとされています。術中心停止は原因がさまざまで、徐脈や頻脈から心停止へ移っていくことが少なくありません。
- 徐脈から:迷走神経反射、薬の過量、高位の脊髄くも膜下麻酔、房室ブロック
- 頻脈から:大量出血、低酸素血症、アナフィラキシー、悪性高熱症
低酸素血症では、はじめは頻脈でも、心停止の直前には徐脈になることが多いとされています。徐脈も頻脈も、心停止に向かう途中の姿かもしれません。
胸骨圧迫の開始が遅れやすい
手術室は条件がそろっているのに、胸骨圧迫を始めるのが遅れやすいとプラクティカルガイドは指摘しています。
- 麻酔科医が原因の解決に集中してしまう
- 体の大部分が覆布で覆われている
- 腹臥位や側臥位で手術している
- 意識がなく、呼吸も人工呼吸器で調節されている
原因を探すことに気を取られると、圧迫の開始が後回しになります。原因探しは、胸骨圧迫を始めてから並行して行います。
心停止の前に出るサイン

心停止は突然起こるように見えますが、プラクティカルガイドも「心停止に陥る前に対処することが重要」としています。モニターと術野には、止まる前の変化が現れることが多いからです。研修医にいちばん身につけてほしいのは、異変に早く気づく目です。止まる前に気づければ、心停止そのものを防げることもあります。
モニターの波形が消える
突然の循環の破綻は、次のようなモニターの変化で気づくことが多いとされています。
- 心電図の異常
- SpO2の波形が消える
- 動脈圧の波形が消える・小さくなる
- EtCO2が下がる
電気メスや手術の操作で、心電図やSpO2の波形が乱れることもあります。一方で、気管挿管されていればEtCO2は心停止を見分ける客観的な指標になるとされています。波形が消えたら、まず患者に起きている変化として確かめます。モニターの見方は【麻酔のモニターの見方】研修医が最初に押さえる数値と波形にまとめました。
呼気二酸化炭素の急な低下
筆者は、ほかの麻酔科医が担当していた整形外科の手術で、急性肺塞栓症による心停止を見たことがあります。肺塞栓症は、それまで落ち着いていた手術中に急に起こることがあります。
プラクティカルガイドは、肺塞栓症ではEtCO2の突然の低下が、気道のトラブルではEtCO2の波形や気道内圧の異常が、心停止に先行するとしています。EtCO2の急な低下は、肺の血流が途絶えたサインかもしれません。
- 急に起こる低酸素血症
- EtCO2の低下
- 血圧の低下
- 頻脈
術野の出血
プラクティカルガイドによると、大量出血は術中心停止の原因の第1位です(出典:日本麻酔科学会 術中心停止に対するプラクティカルガイド)。筆者も心臓外科の手術で大量出血が起こり、循環が破綻しかけた場面を経験しています。
大量出血は予測できないこともありますが、術野をよく見ていれば前もって予測できることもあります。吸引の音が増える、ガーゼの交換が増える、術者の手が止まる、といった変化です。筆者は研修医に、モニターだけでなく術野を見るように教えています。
脈の速さの変化
プラクティカルガイドは、心拍数が原因を探す手がかりの一つになるとしています。
- 速い:出血、緊張性気胸、心タンポナーデ、肺塞栓症
- 遅い:低酸素血症
ただし、手術中は麻酔薬の影響でこの変化がはっきりしないこともあります。心拍数がいつもと違う方向に動いたら、理由を考える習慣をつけます。
心停止に気づいてから最初の1分

心停止に気づいたら、最初にやることは決まっています。プラクティカルガイドは、心停止を確認したら周囲に状況を簡潔に伝え、応援を呼び、ただちに胸骨圧迫を始めるとしています(出典:日本麻酔科学会 術中心停止に対するプラクティカルガイド)。薬の量は、プラクティカルガイドの記載を紹介します。実際の投与は、施設の手順と上級医の指示に従ってください。
声に出して周りに伝える
プラクティカルガイドは、心停止や危機的な状態だと判断したら、すぐに術者と外回りの看護師に伝えて協力してもらうことが、もっとも重要だとしています。
「心停止です」と声に出して宣言すると、その場の全員が同じ状況を共有できます。黙って原因を探すより、まず全員に知らせることが先です。
- 術者と看護師に伝える
- 応援を呼ぶ
- 救急カートと除細動器を持ってきてもらう
すぐに胸骨圧迫を始める
プラクティカルガイドは、自己心拍を再開させる手順で最も重要なのは胸骨圧迫だとしています。昇圧薬も、胸骨圧迫がなければ効果を示しません。
手術室では、ためらわずに圧迫を始めます。心停止を宣言したら、原因が分からなくても胸骨圧迫から始めます。
手術と麻酔薬を止める
プラクティカルガイドのアルゴリズムでは、心停止の宣言と同時に次のことを行います。
- 手術を中断する
- 麻酔薬を止める
- 100%酸素で換気する
- 輸液を全開にする
- 出血なら術者に圧迫止血を頼む
術者には手術の中断を頼み、術野に異常がないかを尋ねます。出血が原因なら、圧迫止血が蘇生と同じくらい大切です。
電気ショックとアドレナリン
心電図でリズムを確かめ、電気ショックが必要かどうかを判断します。プラクティカルガイドでは、次のように書かれています(出典:日本麻酔科学会 術中心停止に対するプラクティカルガイド)。
- 心室細動・無脈性心室頻拍:すぐに電気ショック(2相性なら機器の推奨値か200J)
- ショック後は2分間の胸骨圧迫を続ける
- アドレナリン1mgを3〜5分ごとに投与する
- ショックが必要なリズムでは、2回目のショックの後にアドレナリンを投与する
- ショックが必要でないリズムでは、すぐにアドレナリンを投与する
ショックが必要でないリズムでは、手元に準備してあるエフェドリンやフェニレフリンを先に使うことも認められています。薬を静脈から投与したあとは、生理食塩液20mLで後押しします。生理食塩液で後押しするまでが、1回の投与です。
手術室での胸骨圧迫と換気

手術室での胸骨圧迫も、病棟や院外と同じく質の高いものが求められます。ただ、手術台は狭くて高く、体位や手術器具に制限されることもあります。プラクティカルガイドは、手術中ならではの工夫も示しています(出典:日本麻酔科学会 術中心停止に対するプラクティカルガイド)。圧迫の質は、EtCO2の数値で確かめることができます。
質の高い胸骨圧迫の条件
プラクティカルガイドでは、質の高い胸骨圧迫を次のように定義しています。
- 1分間に100〜120回の速さ
- 成人では5〜6cmの深さ
- 毎回、胸壁をもとの位置まで戻す
- 圧迫の中断を最小限にする
- 過換気を避ける
圧迫の効果は、EtCO2が20mmHgを超えることを目指して確かめます。10mmHg未満では、心拍が再開する可能性が低いとされています。動脈圧ラインがあれば、拡張期圧が40mmHgを超えることを目指します。モニターは、圧迫がうまくいっているかを教えてくれます。手術台が高ければ、踏み台を使うか、台の高さを下げます。
換気は過換気にしない
換気は100%酸素で行い、過換気を避けます。プラクティカルガイドでは、気道を確保したあとは6秒に1回のテンポで、圧迫とは同期させずに換気するとしています。
人工呼吸器を使ってもよいとされていますが、従圧式より従量式のほうが換気量を確保しやすいと考えられています。用手換気では、気道内圧と換気量、EtCO2の波形を確かめます。
腹臥位と側臥位の場合
脊椎の手術などでは、腹臥位や側臥位のまま心停止が起こることもあります。プラクティカルガイドは、それぞれの圧迫の方法を示しています。
- 腹臥位:肩甲骨の下の端を結んだ線のあたりを背中から圧迫する
- 側臥位:胸骨を圧迫すると同時に、背中側からも支える
- 2分間の蘇生に反応がなければ、仰臥位に戻すことを考える
ただし、体位を変えている間は圧迫ができず、循環が止まります。仰臥位に戻すかどうかは、圧迫が止まる時間とてんびんにかけて決めます。
術中心停止の原因の探し方

胸骨圧迫を続けながら、心停止の原因を探します。プラクティカルガイドは、心停止の原因が取り除かれないかぎり、蘇生のあとにすぐ再発することがあるとしています(出典:日本麻酔科学会 術中心停止に対するプラクティカルガイド)。原因が分かれば、治療の方向も決まります。直前に何をしたか、何が起きたかを振り返ることが原因探しの出発点です。
まず気道をDOPEで確かめる
気道のトラブルは、治療の優先順位が高い原因です。プラクティカルガイドでは、「DOPE」で確かめるとしています。
- Displacement:気管チューブが抜けた、位置がずれた
- Obstruction:気管チューブが詰まった、折れ曲がった
- Pneumothorax:緊張性気胸
- Equipment failure:人工呼吸器や機器の故障
気胸は聴診と肺のエコーで確かめます。機器の故障を防ぐ点検は【麻酔器の始業点検】その点検は何を防ぐのか現役麻酔科医が解説で解説しました。胸骨圧迫が始まったら、圧迫による気胸も考えておきます。
出血を確かめる
術者に術野で出血していないかを尋ね、出血していれば圧迫止血を頼みます。出血への対応は、日本麻酔科学会の危機的出血への対応ガイドラインに従います。
プラクティカルガイドは、出血に対して昇圧薬だけで対応してはならないとしています。昇圧薬と並行して、失われた血液を輸液と輸血で補います。
直前に使った薬を確かめる
直前に投与した薬の種類と量を確かめます。薬が原因の心停止には、次のようなものがあります。
- 麻酔薬やβ遮断薬の過量
- アナフィラキシー(周術期アナフィラキシーの対応)
- 局所麻酔薬中毒(局所麻酔薬中毒の対応)
- 高位の脊髄くも膜下麻酔(脊髄くも膜下麻酔とは)
とくに導入直後や、抗菌薬・筋弛緩薬・局所麻酔薬を使った直後の心停止では、薬が原因の可能性を考えます。記録を見返せば、直前に何を投与したかは確かめられます。
そのほかに考える原因
気道・出血・薬のほかにも、プラクティカルガイドは次の原因を挙げています。
- 肺塞栓症
- 緊張性気胸・心タンポナーデ
- 悪性高熱症(悪性高熱症の対応)
- 高カリウム血症などの電解質異常
- 心筋虚血
原因がまったく思い当たらないときは、採血や経食道心エコーで調べます。蘇生に難渋するときは、ECMOの導入も考えます。
研修医が手術室でできること

術中心停止のとき、研修医は見ているだけではありません。胸骨圧迫の交代や時間の記録など、研修医にもできることはたくさんあります。上級医が原因の検索や薬の指示に集中できるよう、手の空いている人が周りを支えることで、蘇生はうまく回ります。ただ、それ以上に大切なのは、心停止に至る前の段階です。研修医のいちばん大きな役割は、止まる前の異変に気づいて声を上げることです。
術野とモニターを見続ける
麻酔中は、モニターだけでなく術野も見るようにしてください。出血の増え方や術者の様子は、モニターの数値より先に変化を教えてくれることがあります。
「術野を見ろ」は、筆者が研修医にいつも伝えていることです。モニターと術野の両方を見ていれば、変化の理由も考えやすくなります。
気づいたらすぐに声に出す
「血圧が下がっています」「出血が増えています」と、気づいたことはすぐに上級医へ伝えます。
結果的に問題がなかったとしても、伝えたことが無駄になるわけではありません。言うか迷ったときは、言うほうを選んでください。
胸骨圧迫を交代する
胸骨圧迫を続けると、圧迫する人は疲れて深さや速さが落ちていきます。研修医が圧迫を交代すれば、質の高い圧迫を保てます。
交代は、リズムを確かめるタイミングなどで、中断が短くなるように行います。圧迫を交代できる人がいることは、蘇生チームの大きな力になります。
時間と投与した薬を記録する
心停止が起きた時刻、胸骨圧迫を始めた時刻、電気ショックや薬を投与した時刻を記録します。
記録があれば、アドレナリンの次の投与のタイミングや、蘇生にかかった時間がすぐに分かります。時間を読み上げる人がいると、チーム全体が落ち着いて動けます。
術中心停止のよくある質問

研修医からよく出る質問をまとめました。実際の対応は、自分の施設の手順とプラクティカルガイドに従ってください。迷ったときは、声に出して人を集め、胸骨圧迫を始めることからです。
どのくらいの頻度で起こりますか
プラクティカルガイドによると、麻酔科管理症例での心停止は、2014年から2016年にかけて1万症例あたり1.18件、1.09件、1.04件と少しずつ減っています。1万症例に約1件の頻度です(出典:日本麻酔科学会 術中心停止に対するプラクティカルガイド)。
原因でいちばん多いのは何ですか
プラクティカルガイドは、大量出血を術中心停止の原因の第1位としています。出血のリスクがある手術では、太い点滴のルートを複数確保しておくことが勧められています。
心拍が再開したあとは何をしますか
プラクティカルガイドでは、SpO2を94%以上、EtCO2を35〜45mmHg、収縮期血圧を90mmHg以上に保つとしています。体温は32〜36℃で少なくとも24時間管理する目標体温管理を考えます。原因が取り除かれないかぎり、心停止は再発することがあります。
手術は中止になりますか
プラクティカルガイドは、蘇生のあとに手術の中止や縮小を総合的に判断するとしています。原因の治療が必要かどうかで、手術を続けるかどうかが変わります。各科の医師と相談して、その後の方針を決めます。
ECMOはいつ考えますか
プラクティカルガイドのアルゴリズムでは、胸骨圧迫と電気ショックなどを3サイクル行っても自己心拍が再開しなければ、ECMOの導入を考えるとしています。手術室はECMOを始めやすい場所でもあります。
研修医が前もって準備することは何ですか
手術室の救急カートと除細動器の場所を確かめておきましょう。BLSとACLSの手順を復習しておくと、いざというときに動けます。いちばんの準備は、毎日の麻酔で術野とモニターを見る習慣です。
まとめ 術中心停止の対応

術中心停止は、モニターや気道、点滴がそろった状態で目の前で起きる心停止です。院外の心停止より予後がよい一方で、胸骨圧迫の開始が遅れやすいとされています。止まる前にはモニターや術野に変化が出ていることが多く、気づいたら声に出して人を集め、すぐに胸骨圧迫を始めます。原因の検索は、圧迫と並行して行います。
- 院外の心停止より予後はよい
- 最初のリズムは心室細動とはかぎらない
- 止まる前のサインはモニターと術野に出る
- 気づいたら宣言して胸骨圧迫から
- 原因はDOPE・出血・薬から確かめる
次の麻酔では、モニターだけでなく術野にも目を向けてみてください。異変に早く気づく目は、毎日の麻酔の中で育ちます。
当ブログでは、麻酔科の現場で実際に行われていることを現役麻酔科医の視点で発信しています。心停止の原因になる合併症への対応は、【周術期アナフィラキシーの対応】研修医が押さえる気づき方と初期治療、【局所麻酔薬中毒の対応】研修医が押さえる症状と最初にやること、【悪性高熱症の対応】体温より先に見るサインと最初にやることにまとめました。疑問があればコメント欄で聞かせてください。
- 日本麻酔科学会「術中心停止に対するプラクティカルガイド」(2021年2月制定)
- 日本麻酔科学会・日本輸血・細胞治療学会「危機的出血への対応ガイドライン」(2025年4月改訂)


コメント