全身麻酔中、換気量を増やしているのに呼気の二酸化炭素が下がらない。心拍数も上がってきた。こんなとき、頭の片隅に置いておきたいのが悪性高熱症です。名前に「高熱」とありますが、最初に現れるのは体温の上昇ではないことが多い合併症です。
- EtCO2が説明できないまま上がる
- 悪性高熱症の初期症状が言えない
- ダントロレンの場所を知らない
- 家族歴の聞き方が分からない
悪性高熱症は、ごくまれにしか起きませんが、起きれば重篤な合併症です。説明のできないEtCO2の上昇を見たら、悪性高熱症を鑑別に挙げてください。

EtCO2がなかなか下がらないんですが、悪性高熱症でしょうか。

たいていは別の原因があります。でも、鑑別には必ず挙げておきましょう。
この記事では、日本麻酔科学会の「悪性高熱症管理ガイドライン2025」をもとに、起こるしくみ、最初に気づくサイン、疑ったときの動き方、ダントロレンと対症療法、術後の発症、素因がある患者の麻酔までを整理します。
悪性高熱症が起こるしくみ

悪性高熱症は、遺伝性の筋疾患です。素因のある人に特定の麻酔薬を使うと、骨格筋の中でカルシウムの調節が崩れ、代謝が異常に高まります。ガイドラインでは、発症頻度は全身麻酔10万件に0.18〜3.9件とされています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。ごくまれですが、発症すると進行がきわめて速い合併症です。
きっかけになる麻酔薬
きっかけになるのは、揮発性の吸入麻酔薬と脱分極性筋弛緩薬です。
ガイドラインは、セボフルランやデスフルランなどのすべての揮発性吸入麻酔薬と、スキサメトニウムなどの脱分極性筋弛緩薬が誘発薬になるとしています。一方で、鎮静薬や麻薬は安全に使用でき、レミマゾラムも安全に使えるとの報告があるとされています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。
- 揮発性吸入麻酔薬
- スキサメトニウム
- 鎮静薬や麻薬は安全に使える
誘発薬を使わない静脈麻酔であれば、全身麻酔を行えます。
筋肉の中で起きていること
素因のある人では、筋肉の中でカルシウムを放出するしくみが異常に高まっています。
誘発薬によって細胞の中にカルシウムがあふれると、筋肉が収縮し続け、エネルギーを大量に消費して熱を生み出します。酸素の消費が増え、二酸化炭素の産生も異常に高まります。筋肉が壊れると、カリウムやミオグロビン、CKが血液中に出てきます(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。
- 筋肉が収縮し続ける
- 熱と二酸化炭素が大量に作られる
- 筋肉が壊れてカリウムが上がる
二酸化炭素が先に増え、熱はそのあとについてきます。
素因があっても毎回起きるわけではない
悪性高熱症は遺伝しますが、素因があれば必ず発症するわけではありません。
ガイドラインによると、素因のある人は856人から1,075人に1人と推計され、発症頻度よりはるかに多いとされています。浸透率は40.6%で、素因のある人に誘発薬を使っても、必ず発症するわけではありません(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。
過去に全身麻酔を無事に受けていても、素因がないとはいえないのです。
最初に気づくサイン

名前から高熱が最初に出ると思われがちですが、実際には違います。ガイドラインは初発症状として、説明のできない呼気終末二酸化炭素分圧(EtCO2)の上昇、原因不明の頻脈、筋強直を挙げています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。体温とEtCO2を連続して測っていることが前提です。体温より先に、EtCO2と心拍数が教えてくれます。
換気を増やしても下がらない二酸化炭素
いちばん早く気づけるサインは、EtCO2です。
ガイドラインでは、55mmHgを超える説明のできないEtCO2の上昇が初発症状として知られているとされています。特に、分時換気量を増やしてもなお上昇するEtCO2は、ダントロレン投与の適応になるとされています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。
- 説明のできないEtCO2の上昇
- 換気量を増やしても下がらない
- 原因不明の頻脈
換気を増やしても下がらないかどうかが、見分けるときの手がかりです。
多くは別の原因がある
とはいえ、EtCO2が下がらない場面は珍しくありません。
筆者もEtCO2がなかなか下がらない経験はありますが、たいていは何かしら別の原因があるものです。腹腔鏡手術で使う二酸化炭素、換気量の不足、二酸化炭素吸収剤の消耗などがその例です。それでも、悪性高熱症は鑑別として頭に入れるようにしています。
- 腹腔鏡手術の気腹
- 換気量の不足
- 二酸化炭素吸収剤の消耗
よくある原因を探しながらも、悪性高熱症を候補から外さないことが大切です。
筋強直と体温の上昇
EtCO2や頻脈に続いて、筋肉と体温の変化が現れます。
ガイドラインは、開口障害を含む筋強直、15分間に0.5℃以上の体温上昇、38.8℃以上の高体温、コーラ色の尿、BEが-8.0以下の代謝性アシドーシスを、悪性高熱症を疑う症状として挙げています。40℃を超えることもまれではなく、高カリウム血症から心停止に至ることもあるとされています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。
- 開口障害を含む筋強直
- 15分間に0.5℃以上の体温上昇
- コーラ色の尿
- 代謝性アシドーシス
体温が上がるのを待っていると、治療の開始が遅れます。
疑ったときに最初にやること

ガイドラインは、早期診断と早期のダントロレン投与が予後を大きく左右するとして、確定診断を待たずに、疑わしい場合にはダントロレン投与を開始することを推奨しています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。迷っている時間が、そのまま患者の不利益になります。疑った時点で、緊急事態として動き始めます。
誘発薬を止めて静脈麻酔に切り替える
まず、きっかけになった薬を止めます。
揮発性吸入麻酔薬やスキサメトニウムの投与を中止し、静脈麻酔と非脱分極性筋弛緩薬に切り替えます。可能なら気化器を取り外して麻酔回路を交換してもよいとされていますが、人手と時間がかかるので必須ではありません(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。
- 揮発性吸入麻酔薬を止める
- 静脈麻酔に切り替える
- 回路の交換は必須ではない
気化器を外すより、まず止めて切り替えることが先です。
緊急事態を宣言して人を集める
次に、ひとりで抱え込まず、周りに知らせます。
ガイドラインでは、緊急事態を宣言し、人手を集め、執刀している外科医には手術を早く終えるよう依頼するとされています。この病態には、手術チーム全体で対処することが必要だとされています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。
- 緊急事態を宣言する
- 人手を集める
- 外科医に手術の早期終了を依頼する
悪性高熱症は、麻酔科医ひとりでは対応できない合併症です。
高流量の純酸素で過換気にする
呼吸回路の中に残った麻酔薬を、できるだけ早く追い出します。
ガイドラインでは、10L/分以上の高流量の純酸素を使い、分時換気量を2倍以上に設定して過換気にするとされています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。二酸化炭素の産生が増えているぶん、換気も増やす必要があります。
- 10L/分以上の純酸素
- 分時換気量を2倍以上に
- 回路内の麻酔薬を追い出す
換気を増やすことが、麻酔薬を追い出すことにも二酸化炭素を下げることにもつながります。
ダントロレンと対症療法

悪性高熱症の特異的な治療薬が、ダントロレンです。ガイドラインによると、ダントロレンを使った症例の死亡率は10%以下に下がっています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。ただ、すぐに注射できる薬ではなく、準備に時間と人手がかかります。ダントロレンを早く投与できるかどうかが、予後を分けます。
ダントロレンの置き場所を知っておく
研修医にまず知っておいてほしいのが、ダントロレンの置き場所です。
ガイドラインは、多くの施設や手術室には多量のダントロレンの備蓄がない可能性があるため、必要な量を確保する手段を講じておくよう求めています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。筆者も研修医には、ダントロレンのある場所は必ず確認しておこうと伝えています。
- 手術室のどこにあるか
- 何本置いてあるか
- 足りないときにどこから取り寄せるか
置き場所を知らないまま、悪性高熱症に出会わないようにしてください。
溶かすのに人手がいる
ダントロレンは、すぐに注射できる形の薬ではありません。
ガイドラインでは、1瓶ずつ注射用蒸留水で溶かし、透明になるまで振って溶解するとされています。投与には、できるだけ太い専用の末梢静脈路を確保します(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。必要な量によっては、何瓶も溶かすことになります。
- 1瓶ずつ蒸留水で溶かす
- 透明になるまで振る
- 太い専用のルートで投与する
溶かす人を確保するためにも、早めに人を集めます。
効果を見ながら繰り返す
ダントロレンは、効果を見ながら繰り返し投与します。
ガイドラインでは、EtCO2と深部体温が下がり、筋強直がよくなるまで適宜繰り返し投与し、症状がよくなるまで10分おきに評価するとされています。投与量は、ガイドラインの治療手順の図で確かめてください(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。
EtCO2、体温、筋強直の3つが、効いているかどうかの目安です。
体温とカリウムへの対症療法
ダントロレンと並行して、症状への治療も進めます。
ガイドラインでは、冷やした生理食塩水の点滴や体表の冷却で体温を下げ、高カリウム血症や代謝性アシドーシスを治療し、尿量を確保するとされています。不整脈にはカルシウム拮抗薬を原則として使わず、アミオダロンやβ遮断薬を考えるとされています。ダントロレンとの併用で、心停止を来す可能性があるためです(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。
- 冷やした生理食塩水と体表の冷却
- 高カリウム血症とアシドーシスの治療
- カルシウム拮抗薬は使わない
不整脈を見ても、カルシウム拮抗薬には手を伸ばさないでください。
術後に起こる悪性高熱症

悪性高熱症は、手術中だけの合併症ではありません。麻酔が終わったあとに発症する、術後悪性高熱症という病態があります(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。手術室を出て、担当が病棟や回復室に移ってから起こることもあります。手術室を出たあとも、悪性高熱症は起こりえます。
発症までの時間
術後悪性高熱症の多くは、麻酔が終わってから早い時間に起こります。
ガイドラインによると、多くは術後40分以内に発症し、術後2時間以内におよそ70%、24時間以内におよそ90%が発症するとされています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。
- 多くは術後40分以内
- 2時間以内におよそ70%
- 24時間以内におよそ90%
術後も、しばらくは慎重に経過を見ます。
術後に疑うサイン
術後は、手術中とは見るものが少し変わります。
ガイドラインは、説明のできない体温上昇か高体温があり、説明のできないEtCO2の高値、コーラ色の尿、代謝性アシドーシス、高CK血症、高ミオグロビン血症などがあれば、術後悪性高熱症を疑うとしています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。
- 説明のできない体温上昇
- コーラ色の尿
- 高CK血症や高ミオグロビン血症
麻酔の直後の発熱なら、悪性高熱症も候補に入れます。
疑ったら麻酔科医に連絡する
病棟や回復室で疑ったときの流れも、ガイドラインに示されています。
麻酔科医に相談し、気管挿管と人工呼吸で過換気にし、静脈麻酔を始めてダントロレンを準備するとされています。治療の流れは、手術中の悪性高熱症に準じます(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。
病棟から連絡を受けたら、手術中と同じ緊急事態として動きます。
素因がある患者の麻酔

悪性高熱症への備えは、術前から始まります。素因がありそうな患者を術前に見つけ、誘発薬を使わない麻酔を計画します。筆者も研修医には、家族歴は術前に確認しようと伝えています。術前の問診で見つけることが、いちばん確実な予防です。
術前に聞いておくこと
本人と家族の手術歴を聞きます。
ガイドラインでは、術中や術後の原因不明の高熱、筋強直、赤褐色の尿、術後の筋肉痛など、悪性高熱症を疑う症状がなかったかを問診するとされています。熱中症や運動で起きた横紋筋融解症の既往や家族歴、原因のはっきりしない高CK血症、先天性ミオパチーを疑う所見にも注意が必要です(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。術前に見る項目は【術前評価のポイント】麻酔科医が手術前日までに見る項目にまとめました。
- 本人と家族の手術歴
- 熱中症や横紋筋融解症の既往
- 原因不明の高CK血症
家族の手術歴まで聞くのが、悪性高熱症の問診です。
誘発薬を使わない麻酔を計画する
素因がある、または疑わしい患者では、誘発薬を使わない麻酔を計画します。
ガイドラインは、脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔を含む区域麻酔は安全で、全身麻酔でも、ほぼ安全とされる麻酔薬を使えば実施できるとしています。揮発性吸入麻酔薬と脱分極性筋弛緩薬は、絶対に避けるとされています。術前からダントロレンを予防的に投与することは推奨されていません(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。
- 区域麻酔は安全
- 全身麻酔は静脈麻酔で
- 予防的なダントロレン投与はしない
誘発薬を使わない場合でも、ダントロレンはすぐ使えるよう手元に準備しておきます。
麻酔器から麻酔薬を洗い出す
麻酔器の中に残った揮発性吸入麻酔薬にも、注意が必要です。
ガイドラインでは、気化器を取り外し、呼吸回路とバッグと二酸化炭素吸収剤を新しいものに換え、高流量のガスを流して麻酔器から麻酔薬を洗い出すとされています。10L/分の純酸素で概ね60〜100分かかり、新しい機種ほど時間がかかる傾向があるそうです。使うまでガスを流し続け、スタンバイにはしないとされています。流量を下げると、麻酔薬の濃度が再び上がるためです(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。
- 気化器を外す
- 回路とバッグと吸収剤を交換する
- 使うまで高流量で流し続ける
前の症例で使った麻酔薬が、麻酔器の中に残っていることを忘れないでください。麻酔器の点検については【麻酔器の始業点検】その点検は何を防ぐのか現役麻酔科医が解説にまとめています。
悪性高熱症に関するよくある質問

研修医からよく出る質問をまとめました。実際の対応は、自分の施設の手順とガイドラインの治療手順に従ってください。迷ったときは、緊急事態を宣言して人を集めることから始めます。
どのくらいの頻度で起こりますか
ガイドラインでは、全身麻酔10万件に0.18〜3.9件とされています。日本の集計では18歳以下が半数以上を占め、男女比はおよそ3対1で男性に多いとされています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。
体温が上がっていなければ否定できますか
否定できません。初発症状は説明のできないEtCO2の上昇、原因不明の頻脈、筋強直で、体温の上昇はそのあとに現れることがあります。体温が正常でも、ほかのサインがあれば疑います。
過去に全身麻酔を無事に受けた人は安全ですか
安全とはいえません。浸透率は40.6%で、素因のある人に誘発薬を使っても必ず発症するわけではないとされています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。過去に何もなかったことは、素因がない証明にはなりません。
素因がある患者に区域麻酔は使えますか
使えます。ガイドラインは、脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔を含む区域麻酔は安全で、必要に応じて鎮静薬を併用してよいとしています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。区域麻酔は、素因がある患者の有力な選択肢です。
ダントロレンを予防的に投与しますか
しません。ガイドラインは、術前からの予防的な投与は筋力低下などの副作用が出ることがあり、推奨されていないとしています(出典:日本麻酔科学会 悪性高熱症管理ガイドライン2025)。予防投与はせず、すぐ使えるよう準備だけしておきます。
研修医がまず覚えることは何ですか
術前に家族歴を確認すること、説明のできないEtCO2の上昇を見たら悪性高熱症を疑うこと、そしてダントロレンの置き場所です。この3つを知っているだけで、最初の動きが変わります。
まとめ 悪性高熱症の対応

悪性高熱症は、ごくまれでも重篤な合併症です。最初に現れるのは体温ではなく、説明のできないEtCO2の上昇や頻脈、筋強直です。疑ったら、誘発薬を止めて静脈麻酔に切り替え、緊急事態を宣言して人を集め、ダントロレンを投与します。術前には、家族歴を確認しておきます。
- 最初のサインは体温ではない
- 換気を増やしても下がらない二酸化炭素
- 疑ったら確定診断を待たない
- ダントロレンの置き場所を知っておく
- 術前に家族歴を確認する
次に手術室に入ったら、ダントロレンがどこにあるかを確かめてみてください。それだけで、いざというときの動きが変わります。
当ブログでは、麻酔科の現場で実際に行われていることを現役麻酔科医の視点で発信しています。全身麻酔のほかの合併症は【全身麻酔の合併症】研修医が術前説明で押さえる頻度と対策に、モニターの見方は【麻酔のモニターの見方】研修医が最初に押さえる数値と波形にまとめました。心停止に至ったときの動き方は【術中心停止の対応】研修医が押さえる止まる前のサインと最初の1分で解説しています。疑問があればコメント欄で聞かせてください。
- 日本麻酔科学会「悪性高熱症管理ガイドライン2025」(2025年3月改定)


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