術前診察を終えて、問診も検査も確認した。あとは麻酔計画を上級医に伝えるだけ。ところが「この患者で何に気をつける?」と聞かれると、全身麻酔の一般的な合併症しか出てこない。麻酔科をローテートする研修医が、よくつまずく場面です。
- 計画を何から決めればよいか分からない
- 術前評価の情報を計画につなげられない
- この症例の注意点を聞かれると詰まる
- 上級医への伝え方が分からない
麻酔計画は、情報を集めたあとに「決める」作業です。術式から考えて、患者の問題点に合わせて変える。この順番を知っているだけで、計画はぐっと立てやすくなります。

全身麻酔の合併症なら言えるんですが、この患者で何に気をつけるかと聞かれると、うまく答えられません。

まず術式で何が起きるかを考えて、そこに患者の弱いところを重ねてみましょう。
この記事では、麻酔計画で決めること、術式から考える理由、患者の問題点で計画を変える手順を整理します。そのうえで腹腔鏡下の大腸切除を例に、実際に計画を組み立て、上級医への伝え方までを解説します。
麻酔計画で決めること

麻酔計画とは、術前評価で集めた情報をもとに、その手術の麻酔をどう行うかを決めたものです。何を見るかは【術前評価のポイント】麻酔科医が手術前日までに見る項目にまとめました。この記事では、集めた情報をどう組み立てるかに絞ります。まずは、計画で何を決めるのかを確かめておきましょう。術前評価が材料集めなら、麻酔計画はその材料で献立を決める作業です。
術前評価との違い
術前評価では、患者の既往歴や内服薬、気道、検査結果などを確かめます。麻酔計画では、それらをもとに「では、どうするか」を決めます。
- 術前評価:何があるかを確かめる
- 麻酔計画:それを踏まえてどうするかを決める
情報をたくさん集めても、計画につながらなければ意味がありません。集めた情報の一つひとつに、計画のどこに効くかを考えます。
計画で決める項目
麻酔計画で決める項目は、おおむね次のとおりです。
- 術前指示(絶飲食の時間、継続する内服薬、術前の補液)
- 麻酔方法(全身麻酔、区域麻酔、その組み合わせ)
- 導入の方法と気道確保
- 点滴のルートとモニター
- 術中に気をつけること
- 術後鎮痛
- 術後の帰室先(一般病棟か集中治療室か)
どの項目も、術式と患者の両方に影響されます。項目を順番に埋めていけば、決め忘れを防げます。絶飲食の時間は、【術前絶飲食】研修医が押さえる時間の目安と守れなかったときの判断で解説しました。
上級医と一緒に仕上げる
研修医の立てた計画が、そのまま採用されることは多くありません。施設の慣習や上級医の経験によって、細かいところは変わります。
それでも、自分で一度考えてから相談することには意味があります。上級医との違いが、そのまま次の症例への学びになります。
麻酔計画は術式から考える

麻酔計画を立てるとき、筆者はまず術式から考えます。手術の体位や時間、出血の見込み、術後の痛みは、術式でおおよそ決まるからです。同じ患者でも、手術が変われば計画は大きく変わります。逆に、同じ手術であれば、患者が違っても計画の骨組みはよく似ています。術式で骨組みを作り、患者の問題点で細部を調整するのが、筆者の考える順番です。
体位と手術時間
仰臥位か、側臥位か、腹臥位か。手術は1時間で終わるのか、5時間を超えるのか。体位と時間は、気道確保やルートの位置、体温管理の方法に関わります。
- 体位で変わる:気管チューブの固定、ルートの位置、圧迫されやすい部位
- 時間で変わる:体温管理、尿道カテーテル、麻酔薬の選び方
とくに長時間の手術では、神経や皮膚の圧迫による障害にも注意が必要です。体位と時間が分かると、準備する物がかなり決まります。
出血の見込み
出血がほとんどない手術と、大量出血が起こりうる手術とでは、準備するルートの太さや本数、動脈圧ラインの要否が変わります。
輸血の準備が必要かどうかも、術式で見当がつきます。出血が多くなりうる手術では、太いルートと輸血の準備を計画に入れます。
術後の痛み
開腹手術、腹腔鏡手術、体表の手術では、術後の痛みの強さも場所も違います。術後鎮痛の方法は、術式から逆算して決めます。考え方は【術後鎮痛の方法】研修医が迷う決め方と組み合わせの考え方で解説しました。
硬膜外麻酔や末梢神経ブロックを行うなら、導入の前に行うのか、後に行うのかも計画に含めます。術後鎮痛は、手術が始まる前から計画しておくものです。
手術ならではの操作
術式によっては、麻酔に影響する特有の操作があります。
- 腹腔鏡手術の気腹
- 頭を下げる体位や上げる体位
- 片肺換気
- 大きな血管の遮断
こうした操作は、換気や循環に予想できる変化を起こします。予想できる変化は、前もって計画に書いておきます。
患者の問題点で計画を変える

術式で骨組みができたら、次は患者に合わせて調整します。術前評価で見つかった問題点が、計画のどこに影響するかを考えていきます。問題点がなければ、術式で決めた基本の計画のままで構いません。反対に、問題点が多い患者ほど、基本の計画から離れる部分が増えていきます。患者の問題点は、計画を変える理由として使います。
問題点を書き出す
まず、術前評価で見つかった問題点を書き出します。既往歴や内服薬、気道、検査の異常など、気になったものをすべて挙げます。
- 既往歴:高血圧、糖尿病、心疾患、呼吸器疾患など
- 内服薬:降圧薬、血糖降下薬、抗血栓薬など
- 気道:開口制限、肥満、睡眠時無呼吸など
- そのほか:高齢、アレルギー、過去の麻酔のトラブルなど
書き出すだけで、頭の中が整理されます。問題点は、多すぎるくらいに挙げてから絞ります。
計画のどこが変わるかを考える
書き出した問題点ごとに、計画のどの項目が変わるかを考えます。
- 抗血栓薬の内服:硬膜外麻酔や神経ブロックができるか
- 気道確保が難しそう:導入の方法と準備する器具
- 心機能が悪い:モニター、導入薬の量、昇圧薬の準備
- 高齢:術後せん妄、体温管理、薬の量
どの項目にも影響しない問題点は、計画を変える必要はありません。問題点と計画の項目を線で結ぶイメージで考えると整理しやすくなります。
手術の延期を考える場合
問題点によっては、計画の工夫だけでは対応しきれないこともあります。コントロールされていない病気や、休薬が足りない抗血栓薬などです。
その場合は、手術の延期も選択肢になります。延期を考えるときは、研修医だけで判断せず上級医に相談します。
腹腔鏡下大腸切除で考える

ここからは、腹腔鏡下の大腸切除を例に、実際に計画を組み立ててみます。症例は架空のもので、細かい選択は施設によって違います。薬や方法の正解よりも、考える順番に注目して読んでください。術式で骨組みを作り、患者で調整する流れを、1つの症例で通して見ていきます。
症例の設定
次のような患者を想定します。
- 72歳男性、腹腔鏡下のS状結腸切除
- 高血圧でアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)を内服
- 2型糖尿病で経口血糖降下薬を内服
- 身長165cm、体重75kg
- 日常生活に制限はない
全身状態は大きく悪くない、よくある患者です。よくある患者だからこそ、計画の基本の形が分かります。
術式から決める基本の計画
まず術式から、基本の計画を作ります。腹腔鏡下の大腸切除では、次のような特徴があります。
- 気腹で腹腔内に二酸化炭素を入れる
- 砕石位で、頭を下げる体位になることが多い
- 手術時間は数時間かかることが多い
- 開腹への移行がありうる
ここから、全身麻酔で気管挿管を行い、気腹や頭低位による換気の変化に備えることが決まります。術後鎮痛は、硬膜外麻酔を行う施設もあれば、末梢神経ブロックや創部への局所麻酔を組み合わせる施設もあります。開腹に移行する可能性も少なからずあるので、鎮痛とルートには余裕を持たせておくこともあります。
体位では、両腕を体の横につけて覆布の中に入れるのか、腕台に乗せて外に開くのかも確かめます。腕を体の横につけると、手術が始まってからは腕のルートに手が届きにくくなります。手術中に急にルートが必要になったとき、どこから確保するかを前もって考えておきます。
この患者で気をつけること
次に、この患者の問題点を重ねます。
- ARBの内服:導入後や体位を変えたときの血圧低下
- 糖尿病:術中の血糖測定、血糖降下薬の休薬の確認
- 体重が重め:気腹と頭低位で換気がしにくくなる
- 72歳:術後せん妄、長時間の体位による圧迫
それぞれ、導入の薬の量、昇圧薬の準備、換気設定、体位の確認として計画に加えます。問題点の一つひとつが、計画の具体的な一手に変わります。
抗凝固薬を内服していたら
同じ患者が、心房細動で抗凝固薬を内服していたとします。この場合は、休薬の期間と再開の時期を主治医と確かめる必要があります。硬膜外麻酔を行えるかどうかは、抗血栓薬の種類と休薬期間によって変わります(出典:日本ペインクリニック学会・日本麻酔科学会・日本区域麻酔学会 抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン)。
休薬が十分でなければ、硬膜外麻酔はやめて、末梢神経ブロックなどで術後鎮痛を組み立て直します。問題点が1つ増えるだけで、計画の大きな部分が変わることもあります。神経ブロックについては【末梢神経ブロックとは】硬膜外麻酔と何が違いどんなときに選ぶのかで解説しました。
この症例で気をつけることの答え方

上級医から「この症例で何に気をつける?」と聞かれて、全身麻酔の一般的な合併症を並べてしまう研修医は少なくありません。誤嚥や悪性高熱症も間違いではありませんが、どの患者にも当てはまる答えです。上級医が知りたいのは、研修医がその症例をどこまで具体的に想像できているかです。聞かれているのは、この患者とこの手術だからこそ起きることです。
一般論で止めない
麻酔方法ごとの合併症は、教科書を読めば答えられます。全身麻酔の合併症は【全身麻酔の合併症】研修医が術前説明で押さえる頻度と対策にまとめました。
ただ、それだけでは「どの症例でも同じ」答えになってしまいます。一般論は出発点にして、そこから目の前の症例に絞り込みます。
術式と患者を掛け合わせる
この症例ならではの注意点は、術式で起きることと患者の弱いところを掛け合わせると見えてきます。先ほどの症例なら、次のようになります。
- 気腹と頭低位 × 体重が重め → 換気がしにくい
- 体位の変更 × ARBの内服 → 血圧が下がりやすい
- 長時間の砕石位 × 72歳 → 神経や皮膚の圧迫
- 手術のあと × 72歳 → 術後せん妄
掛け合わせの数だけ、この症例ならではの注意点が出てきます。術式と患者のどちらか一方だけを見ていると、この答えは出てきません。
いつ何が起きてどう備えるか
注意点を答えるときは、「いつ」「何が起きて」「どう備えるか」をそろえて伝えます。
- いつ:導入時、気腹の開始時、体位の変更時、抜管時
- 何が起きて:血圧低下、換気量の低下、血糖の変動
- どう備えるか:昇圧薬の準備、換気設定の変更、血糖の測定
ここまで答えられると、計画を理解していることが上級医に伝わります。備えまで言えれば、それはもう立派な麻酔計画です。
上級医への計画の伝え方

研修医は、手術の前日までに麻酔計画を上級医に伝えることが多いでしょう。伝え方の順番を決めておくと、短い時間で要点が伝わります。上級医も、どこを補えばよいかがすぐに分かります。伝え方が整理されていれば、短い相談でも多くのことを教われます。結論から順に、迷っているところは正直に伝えます。
伝える順番
筆者がすすめる順番は、次のとおりです。
- 患者と術式を1文で
- 問題点
- 麻酔方法と気道確保
- ルートとモニター
- 術後鎮痛と術後の帰室先
- この症例で気をつけること
最初の1文で、上級医は症例の全体像をつかめます。「72歳男性、高血圧と糖尿病のある方の腹腔鏡下S状結腸切除です」のように始めます。
迷っているところを伝える
決めきれなかった項目は、迷っていると正直に伝えます。2つの方法で迷っているなら、両方とその理由を挙げます。
迷いを隠して一つに決めてしまうより、迷った理由を話すほうが上級医との議論になります。迷いを言葉にできることも、考えた証拠です。
次の手まで用意する
計画どおりにいかない場面にも備えておきます。
- 挿管できなかったとき
- ルートが取れなかったとき
- 硬膜外麻酔や神経ブロックができなかったとき
- 出血が多くなったとき
すべてに完璧な答えを用意する必要はありません。うまくいかなかったときの次の手を1つ考えておくだけで、当日の落ち着きが変わります。
麻酔計画のよくある質問

研修医からよく出る質問をまとめました。計画の立て方そのものに加えて、施設ごとの違いや上級医との意見の違いについても取り上げています。細かいところは施設によって違うので、最終的には上級医と相談して決めてください。迷ったら、術式から考え直すことが近道です。
計画はいつまでに立てればよいですか
多くの施設では、手術の前日までに術前診察を行い、計画を立てます。上級医に相談する時間も含めて、前日の夕方までには形にしておきたいところです。
教科書どおりの計画でよいですか
教科書の計画は、標準的な患者を想定した基本の形です。目の前の患者の問題点に合わせて、どこを変えるかを考えます。教科書は骨組みとして使います。
施設によって計画が違うのはなぜですか
使える薬や器具、術後の管理体制、外科との取り決めが施設ごとに違うためです。どれが正しいというより、施設の条件に合わせた答えがあります。ローテート先のやり方を知ることも勉強です。
上級医の計画と違ったらどうしますか
違いがあれば、その理由を聞いてみてください。違いの理由を知ることが、計画を立てる力をいちばん伸ばします。たいていは、研修医が見落とした情報か、施設の事情があります。
全身麻酔か区域麻酔かで迷ったらどうしますか
術式でどちらも選べる場合は、患者の問題点と希望で決めます。どちらでもできるなら、それぞれの利点と危険を並べて上級医に相談します。区域麻酔の基本は【脊髄くも膜下麻酔とは】硬膜外麻酔と何がどう違うのかで解説しました。
緊急手術でも計画は立てますか
立てます。時間が限られる分、確認できる情報も少なくなります。分からない情報は「分からない」として、最悪の場合に備えた計画にします。
まとめ 麻酔計画の立て方

麻酔計画は、術前評価で集めた情報をもとに「どうするか」を決める作業です。まず術式から体位や時間、出血、術後の痛みを考えて骨組みを作り、そこに患者の問題点を重ねて調整します。この症例で気をつけることは、術式で起きることと患者の弱いところを掛け合わせると見えてきます。
- 術前評価は材料集め、計画は決める作業
- 術式で骨組みを作る
- 患者の問題点で細部を変える
- 術式と患者を掛け合わせて注意点を出す
- 上級医には結論から順に伝える
次の術前診察では、問題点ごとに計画のどこが変わるかを書き出してみてください。上級医との相談が、きっと具体的になります。
当ブログでは、麻酔科の現場で実際に行われていることを現役麻酔科医の視点で発信しています。術前に確かめる項目は【術前評価のポイント】麻酔科医が手術前日までに見る項目に、当日の流れは【麻酔導入の流れ】研修医が入室から挿管までに見るべきことにまとめました。疑問があればコメント欄で聞かせてください。


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