喉頭鏡を持ったまま、声門が見えない。時間だけが過ぎていく。あの数十秒の焦りは、研修医なら誰もが通る道です。
- 見えないまま固まる時間
- 力任せになる喉頭鏡
- 交代を言い出せない空気
- 次に何を直すか分からない
気管挿管には、言葉にできない手の感覚が確かにあります。ただし、見えないときに見直す順番のほうは、はっきり言葉にできます。焦る時間を短くできるかどうかは、この順番を知っているかどうかで決まります。

見えないとき、頭が真っ白になって何を直せばいいのか分からなくなります。

順番を決めておけば大丈夫です。見えない原因は、だいたい決まっていますよ。
この記事では、喉頭鏡を持つ前に決まってしまう準備の話から、声門が見えないときに何をどの順で見直すか、そして交代を判断する目安までを整理します。手技はすべて指導医の監督下で行うことが前提です。読んで身につく部分と、経験でしか身につかない部分も、正直に分けて書いていきます。
気管挿管の前に決まること

挿管がうまくいくかどうかは、喉頭鏡を持つ前におおよそ決まっています。器具が揃っていない、体位が作れていない。この状態で始めれば、見えるはずのものも見えません。人手をどれだけ確保できるかも、始めてからでは変えられない条件です。準備にかける時間は、挿管そのものより大切だと考えてください。ここでは、喉頭鏡を握る前に済ませておくことを挙げていきます。導入全体の流れは【麻酔導入の流れ】研修医が入室から挿管までに見るべきことにまとめました。
器具と薬剤の確認
最初にすることは、手元の道具がすべて使える状態かを確かめることです。
喉頭鏡のライトがつくか、チューブのカフが膨らむか、吸引がすぐ引けるか。1つでも欠けていると、いざというときに手が止まります。サイズ違いの器具も、手の届く場所に並べておきます。
- 喉頭鏡のライトとブレード
- チューブとスタイレット
- カフ用シリンジと固定具
- 吸引と用手換気の準備
吸引がすぐ使えるかどうかは、必ず自分の手で確かめてください。
体位の作り方
声門が見えるかどうかは、体位でほとんど決まります。
耳の穴と胸骨の高さが揃うくらいまで頭を持ち上げ、そこから顎を上げた姿勢が目安になります。スニッフィングポジションと呼ばれる形です。枕の高さが足りないまま始めると、どれだけ力を入れても見えません。
- 頭の下に入れる枕の高さ
- 耳と胸骨の位置関係
- 顎を上げた最終的な形
肥満のある人では、肩から背中にかけて広く持ち上げる必要が出てきます。ramp位と呼ばれる形です。体位は、挿管を始める前に作り直せる数少ない条件です。
前酸素化の意味
麻酔導入の前に十分な酸素を吸ってもらうことを、前酸素化といいます。
麻酔導入で自発呼吸が止まってから挿管が終わるまでのあいだ、患者は自分で呼吸できません。その時間に酸素が足りなくなるかどうかは、前酸素化がどれだけできていたかで決まります。
前酸素化は、気管挿管にかけられる時間を稼ぐための準備です。ここを省略すると、焦るまでの余裕が一気に短くなります。準備の一部として、必ず時間を取ってください。
応援を確保しておく
難しくなりそうだと分かっているなら、最初から人を集めておきます。
術前の気道評価で警戒すべき所見があった場合は、その時点で当日の段取りを変えておくのが本来の形です。何をどう評価するのかは【術前評価のポイント】麻酔科医が手術前日までに見る項目にまとめました。
- ビデオ喉頭鏡の準備
- 応援を頼む相手
- 声をかける合図の決め方
人を呼ぶのは、困ってからでは遅いことがあります。
喉頭展開で見えるまでの手順

喉頭展開は、舌を左によけて視野を作る操作です。力任せに引き上げる動作ではありません。見えないときほど、力ではなく手順のほうを疑ってください。ここでは、喉頭鏡を入れてから声門が見えるまでの流れを順に確認します。細かな感覚は別として、手順そのものは言葉にできる部分です。
開口と喉頭鏡の入れ方
口が十分に開いていなければ、そもそも何も始まりません。
右手で口を開き、左手で喉頭鏡を受け取ります。ブレードは口の右側から入れます。中央から入れると舌が邪魔になり、視野が作れません。進めながら少しずつ左へ寄せ、舌を左側へ押しやっていきます。
- 左手で受け取る喉頭鏡
- 右側からの挿入
- 舌を左へよける動き
- 少しずつ進める深さ
舌が視野に残っているうちは、どれだけ進めても声門は見えません。
力をかける向き
喉頭鏡は持ち上げる道具であって、てこではありません。
柄の方向に沿って斜め前方へ持ち上げるのが正しい動きになります。手首を返して引き起こすと、上の前歯に力がかかって歯を傷つけます。視野もかえって悪くなります。
前歯に当たっている感覚があれば、力の向きが間違っています。いったん力を抜いて、方向から作り直してください。
喉頭蓋を目印にする
迷ったときの目印になるのが喉頭蓋です。
舌の付け根をたどっていくと喉頭蓋が見えてきます。そこまで来ていれば、声門はすぐ先にあります。喉頭蓋を確認しないまま深く進めると、食道側に入り込んで何も分からなくなります。
- 舌の付け根をたどる
- 喉頭蓋の確認
- その先にある声門
まず喉頭蓋を探すこと。これが視野を見失わないための基本です。
筋弛緩薬が効いたかの確認
筋弛緩薬が十分に効いていない状態で始めると、声門は開きません。
効果が現れるまでには時間がかかります。投与してからの時間で判断することもあれば、TOFと呼ばれるモニターで確認することもあります。効く前に始めてしまうと、声帯が閉じたまま、あるいは体動が残ったままの状態で操作することになります。声帯を傷つける危険も上がります。
- 投与してからの時間
- TOFモニターでの確認
- 体動が消えたかの確認
効いたと判断できてから喉頭展開に入る。この順番は崩さないでください。筋弛緩薬の役割は【全身麻酔の3要素】1つ欠けると何が起きるのかを現役医師が解説で詳しく解説しています。
声門が見えないときの見直し順

ここからが本題です。見えないまま同じ操作を続けても、結果は変わりません。そもそも声門は、口から覗いただけで見える位置にはありません。枕で頭の位置を整え、口を開き、喉頭鏡で舌をよける。これらが揃って目線から声門までが一直線に近づいたとき、初めて見えるようになります。見えないときは、この一直線がどこで崩れているのかを順に探します。闇雲に動かすより、はるかに早く声門にたどり着けるはずです。
頭の位置を直す
最初に疑うのは体位です。
枕が低い、頭が傾いている、顎が引けている。始める前には整っていても、操作の途中でずれてしまうことがあります。いったん喉頭鏡を抜いて体位を作り直すほうが、結果として早いこともあります。
- 枕の高さ
- 頭のまっすぐさ
- 顎の上がり具合
体位の作り直しは、途中であってもやり直す価値があります。
ブレードの深さを調整
次に疑うのは、入れた深さです。
深すぎると喉頭蓋を通り越し、食道の入口を見ていることがあります。逆に浅すぎれば、舌の付け根しか見えません。ゆっくり引き戻しながら見ていくと、喉頭蓋が視野に下りてくることがあります。
見えないときは、進めるより引き戻すほうが当たることが多いです。
喉頭を外から押す
体位と深さを直しても見えなければ、外から喉頭を押してもらいます。
首の前から甲状軟骨のあたりを背側や頭側へ動かすと、声門が視野に入ってくることがあります。BURP (Backward Upward Rightward Pressure) と呼ばれる操作です。まず自分の右手で押して位置を決め、そのうえで介助者にその手を代わってもらうと確実です。
- 押す場所の決め方
- 介助者への引き継ぎ
- 押す方向の微調整
自分で位置を決めてから頼むほうが、言葉で伝えるより速く済みます。
器具を変える判断
ここまでやって見えなければ、道具のほうを変えます。
ブレードのサイズや種類を変える、ビデオ喉頭鏡に持ち替える。同じ器具で粘り続けるより、切り替えたほうが早く終わります。準備さえしてあれば、持ち替えは数十秒で済みます。
マスク換気そのものの手技は【マスク換気のコツ】研修医が押さえる持ち方と見直す順番に、声門上器具の入れ方は【ラリンジアルマスクの挿入】研修医が押さえるサイズ選びと手順にまとめました。挿管そのものにこだわる必要もありません。声門上器具を入れて換気を確保し、落ち着いてから次の手を考えるのも立派な判断です。
- ブレードのサイズ変更
- ビデオ喉頭鏡への変更
- 声門上器具への切り替え
道具を変えることは、負けではありません。
挿管操作でつまずくポイント

声門が見えても、そこで終わりではありません。チューブを通す段階でつまずくことがあります。せっかく見えている視野を失わないことが、この段階の最優先です。ここでは、挿管操作でよくあるつまずきを挙げていきます。どれも一度知っておけば、次から避けられるものばかりです。
チューブで視野がふさがる
見えていたのに、チューブを入れた瞬間に見えなくなることがあります。
チューブを声門の正面から近づけると、それ自体が視野をさえぎります。右の口角から入れ、視野の外側を通してから声門へ向ける形にすると、最後まで見えたまま進められます。
もう1つ多いのが、介助者からチューブを受け取るときです。手元へ目線を移した数秒のあいだに、声門を見失ってしまうことがあります。目を離さずに受け取れるよう、介助者に手元まで持ってきてもらいましょう。
- 右の口角からの挿入
- 視野の外側を通す経路
- 目線を外さない受け取り方
声門が見えたら、そこから目線を切らないこと。チューブは視野の中央ではなく、外側から回してください。
声門を通らないとき
先端が引っかかって進まないことがあります。
無理に押し込むと声帯を傷つけます。チューブを少し回す、スタイレットの曲がりを作り直す、サイズを1つ下げる。どれも試す価値のある対処です。
- チューブを回す
- 弯曲の作り直し
- サイズを下げる
抵抗を感じたら、押す力ではなく角度のほうを変えてください。
食道挿管の見分け方
最も見逃してはいけないのが食道挿管です。
胸の上がり方や聴診だけでは確実とは言えません。呼気の二酸化炭素の波形が最も頼りになりますが、1回や2回出ただけでは足りません。胃に入っていても、最初の数回は波形が出ることがあります。
- 繰り返し出る二酸化炭素の波形
- チューブ内の曇り
- 胸郭の動き
- 両側の呼吸音
波形が繰り返し出続けることが、気管に入っている何よりの証拠です。続かないなら抜いて換気に戻ってください。迷っている時間が最も危険です。
歯を傷つけない配慮
前歯の損傷は、挿管で起こりやすいトラブルの1つです。
喉頭鏡を支点にして引き起こす動きをすると、前歯に強い力がかかります。動揺している歯がある人では、なおさら注意が要ります。
術前に確認した歯の情報は、挿管の直前にもう一度思い出してください。歯牙損傷の説明や起きたときの対応は【全身麻酔の合併症】研修医が術前説明で押さえる頻度と対策で解説しています。
うまくいかないときの交代の判断

挿管は、成功させることが目的ではありません。患者の酸素化を保つことが目的です。挿管できないこと自体は、それだけで危険なわけではありません。危険なのは、換気できない時間が続くことです。ここでは、引き際をどう判断するかを整理します。研修医が最も迷い、最も言い出しにくい部分でもあります。
酸素化を最優先する
見えないまま操作を続けるより、いったん手を止めて換気に戻ります。
酸素飽和度が下がってきたら、迷わずマスク換気に切り替えます。酸素さえ保てていれば、次の一手を考える時間を作れます。
- 酸素飽和度の推移
- マスク換気への切り替え
- 落ち着いてからの再試行
挿管を中断する判断は、いつ下しても正しい判断です。
応援を呼ぶ目安
呼ぶかどうか迷った時点で、呼ぶべきです。
来てもらってから帰ってもらうのは簡単ですが、呼ばずに悪化させると取り返しがつきません。研修医が1人で抱える場面ではありません。
迷った時点で呼ぶ。この基準にしておくと判断が速くなります。
換気もできないときの備え
挿管できないだけでなく、マスク換気もできない状況があります。
換気も挿管もできない状態はCVCI (Cannot Ventilate, Cannot Intubate) と呼ばれ、麻酔で最も危険な場面になります。研修医が一人で判断して動く場面ではありません。ためらわずに人を呼び、指導医の指示に従ってください。
- 直ちに応援を呼ぶ
- 声門上器具での換気
- 外科的気道確保の準備
日本麻酔科学会は、換気の状況をグリーン・イエロー・レッドの3つのゾーンに分けた気道管理のアルゴリズムを公開しています。ローテの前に一度は目を通しておいてください。本文は日本麻酔科学会気道管理ガイドライン2014で読めます。
交代は失敗ではない
自分が挿管できなかったことを、失敗だと感じる必要はありません。
何度も試みているあいだに患者の状態が悪くなることのほうが、はるかに問題です。上級医に代わってもらうのは、チームとして正しい動き方になります。
- 試みた回数の共有
- 見えた範囲の伝え方
- 次に変えるべき条件
交代するときは、自分が見た範囲を具体的に伝えます。喉頭蓋までは見えたという情報だけでも、次の人の助けになります。
その後の振り返り
終わった後に必ずやってほしいのが振り返りです。
何が見えて、何が見えなかったのか。どの操作で視野が変わったのか。記憶が新しいうちに指導医と話しておくと、次の症例に持ち越せます。
うまくいかなかった症例ほど、学べることが多く残っています。
気管挿管のコツが身につく学び方

気管挿管には、言葉にできる部分とできない部分があります。ここまで書いてきた手順は、すべて言葉にできる部分でした。残りの感覚は、症例を重ねるしか身につける方法がありません。ただし、同じ症例数を経験しても伸び方には差が出ます。ここでは、その差がどこから生まれるのかを考えます。
1例ごとの振り返り
伸びる人は、1例ごとに何かを言葉にしています。
今日はどこまで見えたのか、何を変えたら見えたのか。同じ「うまくいった」でも、理由を説明できる人とできない人では、次の症例での再現性がまるで違います。
- 見えた範囲の記録
- 変えた操作の記録
- うまくいった理由の言語化
書き残しておくと、自分の弱点が数例のうちに見えてきます。
指導医への聞き方
聞き方を変えるだけで、返ってくる内容が変わります。
「どうすればうまくいきますか」では漠然としすぎています。「喉頭蓋までは見えたのですが、そこから声門が見えませんでした」と伝えれば、具体的な助言が返ってきます。
- 見えた範囲の説明
- 試した操作の内容
- 分からなかった場面
自分が見た範囲を言葉にできると、助言の精度が上がります。
言葉にできない部分との向き合い方
力の加減や手首の角度は、どうしても言葉になりません。
だからこそ、上級医の手元を見る時間に意味があります。自分がやるときと何が違うのかを、見ながら考えてみてください。見学は待ち時間ではありません。
- 手の位置と角度
- 力を加える瞬間
- 視野が変わる場面
言葉にできない部分があると知っておくことも、上達には必要です。
気管挿管のよくある質問

気管挿管について、研修医からよく受ける質問をまとめました。手技に関わる内容なので、実際の判断は必ず指導医に確認してください。ここに書くのは、あくまで考え方の目安です。施設や指導体制によって、任される範囲も進み方も変わります。
挿管を任される時期の目安
施設や指導体制によって大きく変わります。見学から始まり、マスクによる用手換気を経て、気管挿管へ進む流れが一般的です。順番を飛ばさずに積み上げることが、結果的には近道になります。焦らず、任された範囲を確実にこなしていってください。
何回まで試してよいか
回数そのものより、患者の状態が基準になります。酸素化が保てているかを見ながら、同じ操作を繰り返していないかを考えてください。同じやり方で2回試して見えなければ、何かを変える必要があります。条件を変えずに繰り返すのは、時間を失うだけです。
ビデオ喉頭鏡を最初から使ってよいか
施設の方針によります。使える環境であれば、難しさが予想される症例で最初から選ぶのは理にかなった判断です。ただし直接見る手技も並行して身につけておく必要があります。その器具が使えない場面に出会う可能性があるからです。
挿管できたことをどう確認するか
呼気の二酸化炭素が波形として繰り返し出ることが、最も確実な確認方法になります。胸の動きや両側の呼吸音もあわせて確認します。1つの所見だけで判断しないことが大切です。確認が済むまで、固定はしないでください。
緊張で手が震えるとき
誰にでもあることです。震えるのは、失敗できないと思い込んでいるからでもあります。挿管は中断できる手技だと知っておくと、気持ちが少し軽くなります。酸素化さえ保てていれば、やり直す時間は作れます。
挿管以外に覚えるべき気道確保
マスクによる用手換気が最も基本であり、最も重要です。声門上器具も、挿管が難しいときの選択肢になります。挿管できないことより、換気できないことのほうがはるかに危険です。気道を確保する手段は、複数持っておいてください。
まとめ 気管挿管のコツ

気管挿管のコツは、手の感覚だけではありません。準備で決まる部分、見えないときに見直す順番、そして引き際の判断。この3つはいずれも言葉にできて、次の症例から実行できます。
- 喉頭鏡を持つ前に決まる準備
- 体位から順に見直す手順
- 視野を失わない挿管操作
- 酸素化を最優先する判断
- 1例ごとの振り返りの習慣
次の症例では、見えなかったときに何を直したのかを1つだけ覚えて帰ってください。それを積み重ねた先に、言葉にできない感覚がついてきます。
当ブログでは、麻酔科の現場で実際に行われていることを現役麻酔科医の視点で発信しています。麻酔科研修の全体像は【麻酔科研修医のホントのところ】ローテ前の準備と評価される動き方に、術前の気道評価は【術前評価のポイント】麻酔科医が手術前日までに見る項目に、ルート確保の手技は【ルートの取り方】研修医が失敗しにくくなる血管選びと手順にまとめました。疑問があればコメント欄で聞かせてください。


コメント