麻酔の導入が終わって、手術が始まった。ふとモニターを見ると、さっきまで120あった収縮期血圧が80台まで下がっている。昇圧薬を使うべきか、上級医を呼ぶべきか。術中の血圧低下は、麻酔科をローテートする研修医が最もよく出会う変化の一つです。
- どこまで下がったら対応するか分からない
- 下がったときに何から確かめるか迷う
- 昇圧薬の使い分けが分からない
- 上級医を呼ぶタイミングに迷う
血圧が下がったとき、すぐに昇圧薬に手を伸ばしたくなるかもしれません。しかし、昇圧薬の前に、なぜ下がったのかを確かめることが大切です。理由によって、やるべきことが変わるからです。

血圧が下がってきました。昇圧薬を使ったほうがいいですか。

その前に、まず術野を見てみましょう。下がった理由が分かれば、やることも決まりますよ。
この記事では、対応を始める目安、血圧が下がりやすい場面、下がったときに確かめる順番、原因に合わせた対応、そしてよく使うエフェドリンとフェニレフリンの違いを整理します。
術中の血圧低下で対応する目安

術中の血圧低下には、世界共通の一つの定義があるわけではありません。施設や患者によって目安は変わりますが、筆者は普段の血圧からの下がり方を基準にしています。数字だけで判断せず、その患者にとっての「いつもの血圧」と比べることが大切です。普段の血圧から2割以上下がった状態が続いたら、様子を見ずに対応します。
普段の血圧から2割が目安
普段の血圧とは、術前に病棟で測っていた血圧のことです。術前診察のときに確かめておきます。
同じ収縮期血圧90でも、普段が100の人と160の人とでは意味が違います。高血圧の患者では、数字が正常に見えても下がりすぎていることがあります。
下がり続けると何が起きるか
血圧が下がると、脳や心臓、腎臓に流れる血液が減ります。海外の合意文書では、非心臓手術で平均血圧が60〜70mmHgを下回ると、短い時間でも心筋障害や急性腎障害、死亡との関連が報告されているとまとめられています(出典:Perioperative Quality Initiative 術中血圧に関するコンセンサスステートメント(Br J Anaesth 2019))。
下がった程度だけでなく、下がっていた時間の長さも影響するとされています。低い血圧を長く放置しないことが、術後の合併症を減らすことにつながります。
研修医がまずすること
血圧が下がったとき、研修医が一人ですべてを判断する必要はありません。
- 下がったことに気づく
- 理由を考えながら確かめる
- 上級医に伝える
気づいて伝えるだけでも、対応は早くなります。迷ったら、確かめながら上級医を呼んでください。
血圧が下がりやすい場面

術中の血圧低下は、いつでも同じように起こるわけではありません。下がりやすい場面を知っていれば、前もって準備ができ、下がったときにも理由を考えやすくなります。とくに研修医が戸惑いやすいのは、導入直後と、術野での操作で下がる場面です。下がりやすい場面では、モニターから目を離さないようにします。
導入直後
麻酔の導入直後は、血圧が最も下がりやすい時間の一つです。鎮静薬には血管を広げる作用や心臓の働きを抑える作用があり、意識がなくなることで交感神経の緊張もとれます。
- 鎮静薬による血管の拡張
- 心臓の働きの抑制
- 手術の刺激がまだない時間
挿管が終わってから執刀までの間は、刺激が少ないため、とくに下がりやすくなります。導入直後の血圧低下は、多くの患者で起こるものとして準備しておきます。導入の流れは【麻酔導入の流れ】研修医が入室から挿管までに見るべきことで解説しました。
術野で血管や臓器を押さえたとき
術者が大きな血管を押さえたり、臓器をよけたりすると、心臓に戻る血液が減って血圧が下がることがあります。
この場合、原因は術野にあります。モニターの変化と術野の操作のタイミングが重なっていないかを見ます。術野を見ていれば、昇圧薬を使う前に理由が分かることも少なくありません。
体位を変えたときや気腹のとき
体位を変えたときや、腹腔鏡手術で気腹を始めたときにも、血圧が変わりやすくなります。
- 頭を上げる体位や座位への変換
- 腹臥位への変換
- 気腹の開始
体位を変える前や気腹を始める前には、血圧を確かめておきます。変化が予想できる操作の前には、昇圧薬をすぐ使えるようにしておきます。
脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔のあと
脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔では、交感神経が遮断されて血管が広がり、血圧が下がることがあります。くわしくは【脊髄くも膜下麻酔とは】硬膜外麻酔と何がどう違うのかで解説しました。
とくに脊髄くも膜下麻酔のあとは、短い時間で下がることがあります。脊髄くも膜下麻酔を行ったあとは、血圧を測る間隔を短くします。
下がったら最初に確かめる順番

血圧が下がったときに確かめることは、順番を決めておくと迷いません。筆者は研修医に、まず術野を見て、次にモニターが正しく測れているかを確かめるように伝えています。そのうえで、麻酔の深さや直前に使った薬を振り返ります。まず術野、次にデバイス。この順番を覚えておいてください。
まず術野を見る
血圧が下がったら、最初に術野を見ます。
- 出血が増えていないか
- 術者が血管や臓器を押さえていないか
- 手術がどの段階にあるか
術野を見れば、下がった理由がすぐに分かることがあります。術野の変化は、モニターより先に原因を教えてくれます。
次に正しく測れているかを確かめる
術野に原因が見当たらなければ、次に血圧が正しく測れているかを確かめます。
- マンシェットがずれていないか、術者が腕に寄りかかっていないか
- 動脈ラインの波形がなまっていないか
- 動脈ラインのトランスデューサーの高さがずれていないか
測定の誤りで、実際より低く表示されることもあります。数字だけでなく、波形や脈の触れ方も確かめます。
麻酔の深さと直前の薬
術野にも測定にも問題がなければ、麻酔の深さと、直前に使った薬を振り返ります。
鎮静薬や鎮痛薬を増やした直後なら、麻酔が深すぎる可能性があります。抗菌薬や筋弛緩薬を投与した直後に下がり、昇圧薬が効きにくければ、アナフィラキシーも考えます。記録を見返して、下がる直前に何をしたかを確かめます。
心拍数もあわせて見る
血圧と一緒に、心拍数も確かめます。心拍数は、原因を考える手がかりになり、あとで昇圧薬を選ぶときにも役立ちます。
- 血圧低下と頻脈:出血、アナフィラキシーなど
- 血圧低下と徐脈:迷走神経反射、脊髄くも膜下麻酔、薬の影響など
心拍数がいつもと違う方向に動いていれば、理由を考えます。血圧は、心拍数とセットで読みます。モニターの見方は【麻酔のモニターの見方】研修医が最初に押さえる数値と波形にまとめました。
原因に合わせた対応

下がった理由が分かれば、対応は自然に決まります。出血なら血液を補い、麻酔が深ければ調整し、術者の操作なら声をかけます。昇圧薬は便利ですが、それだけで終わらせないことが大切です。ここでは、よくある原因ごとに、研修医がまず何をするかを整理します。昇圧薬は、原因に対応するまでの時間を稼ぐ手段です。
出血には輸液と輸血
出血で血圧が下がっているなら、失われた血液を補います。輸液を増やし、必要に応じて輸血を準備します。
昇圧薬で血圧の数字だけを戻しても、血液が足りない状態は変わりません。出血が続くときは、早めに上級医に伝えて輸血の準備を始めます。
麻酔が深ければ調整する
刺激の少ない時間に麻酔が深すぎて下がっているなら、麻酔薬の量を見直します。
ただし、麻酔を浅くしすぎると、術中の覚醒や体動につながります。麻酔薬を減らすかどうかは、上級医と相談して決めます。
術者の操作なら声をかける
術者が血管や臓器を押さえて血圧が下がっているなら、術者に伝えます。
「血圧が下がっています」と伝えるだけで、術者が操作を一時的にゆるめてくれることがあります。術野が原因のときは、術者と情報を共有することが最も早い対応です。研修医が術者に直接伝えて構いません。言いづらければ上級医から伝えてもらってもよいですが、上級医を呼んで伝えてもらう時間の余裕があるかは考えてください。
昇圧薬は時間を稼ぐ手段
原因への対応には時間がかかることもあります。その間、血圧を保つために昇圧薬を使います。
昇圧薬で一時的に血圧が戻っても、原因が残っていれば、また下がります。昇圧薬を何度も使うようなら、原因を見落としていないかを考え直します。
エフェドリンとフェニレフリンの違い

麻酔中の血圧低下でよく使う昇圧薬は、エフェドリンとフェニレフリン(商品名ネオシネジン)の2つです。どちらも血圧を上げる薬ですが、作用する受容体が違うため、心拍数への影響が異なります。使い分けの細かいところは施設や上級医によって違うので、ここでは特徴だけを押さえます。違いは、心拍数を上げるか、上げないかにあります。
エフェドリンはαとβの両方
エフェドリンは、α受容体とβ受容体の両方を刺激します。
- β受容体の刺激で、心拍数と心臓の収縮力が上がる
- α受容体の刺激で、血管が締まる
心臓の働きを強めて血圧を上げる薬なので、心拍数も上がりやすくなります。心拍数が遅めのときの血圧低下に使いやすい薬です。
フェニレフリンはα1受容体
フェニレフリンは、主にα1受容体を刺激して血管を締め、血圧を上げます。
β受容体にはほとんど作用しないため、心拍数は上がりません。血圧が上がった反動で、心拍数がむしろ下がることもあります。心拍数が速めのときの血圧低下に使いやすい薬です。
心拍数で使い分ける
2つの薬の特徴をまとめると、次のようになります。
- 心拍数が遅め:エフェドリン
- 心拍数が速め:フェニレフリン
心拍数のほかに、患者の心臓の病気で選ぶこともあります。例えば、次のような使い分けです。
- 大動脈弁狭窄症や閉塞性の肥大型心筋症:頻脈や心臓の収縮が強くなるのを避けたいので、フェニレフリン
- 心機能が悪い患者:血管だけを締めると心臓の負担が増えるので、エフェドリンを選ぶこともある
ただし、これはあくまで考え方の基本です。投与する量や薬の選び方は、施設の手順と上級医の指示に従ってください。
昇圧薬が効かないとき
昇圧薬を使っても血圧が戻らないときは、ふだんの血圧低下とは違う原因を考えます。
- アナフィラキシー(周術期アナフィラキシーの対応)
- 大量出血
- 心臓の働きの急な低下
すぐに上級医を呼び、原因を探します。昇圧薬が効かない血圧低下は、危機的な状態の始まりかもしれません。心停止に至ったときの動き方は【術中心停止の対応】研修医が押さえる止まる前のサインと最初の1分で解説しました。
術中の血圧低下のよくある質問

研修医からよく出る質問をまとめました。対応の細かいところは施設によって違うので、最終的には上級医の指示に従ってください。迷ったら、術野を見てから上級医に伝えます。
何mmHgまで下がったら上級医を呼べばよいですか
筆者は、普段の血圧から2割以上下がった状態が続くときを目安にしています。目安に届かなくても、下がり方が急なときや理由が分からないときは呼んでください。
昇圧薬はどちらを先に使えばよいですか
心拍数が遅めならエフェドリン、速めならフェニレフリンが基本の考え方です。どちらを使うかは、上級医に確かめてから使ってください。
昇圧薬を使えば原因を探さなくてよいですか
いいえ。昇圧薬は一時的に血圧を上げるだけで、原因を治すわけではありません。昇圧薬を使ったあとも、下がった理由を探し続けます。
高血圧の患者では何に気をつけますか
普段の血圧が高い患者では、正常に見える数字でも下がりすぎていることがあります。数字だけでなく、普段の血圧と比べて判断します。降圧薬の内服状況も術前に確かめておきます。
導入直後に毎回下がるのは問題ですか
導入直後の血圧低下は、多くの患者で起こるものです。起こるものとして、昇圧薬をすぐに使えるよう準備しておくことが大切です。ただし、下がり方が大きいときや長く続くときは、上級医に伝えます。
動脈ラインはどんなときに入れますか
出血が多くなりそうな手術や、循環が不安定になりやすい患者では、1拍ごとに血圧を見られる動脈ラインを使います。どの症例で入れるかは、術前の計画の段階で決めておきます。計画の立て方は【麻酔計画の立て方】術式から考えて患者に合わせる研修医の手順で解説しました。
まとめ 術中の血圧低下の対応

術中の血圧低下は、麻酔中に最もよく出会う変化の一つです。普段の血圧から2割以上下がった状態が続いたら対応を始め、まず術野を見て、次に正しく測れているかを確かめます。原因が分かれば、輸液や麻酔の調整、術者への声かけで対応できます。昇圧薬は原因に対応するまでの時間を稼ぐ手段で、エフェドリンとフェニレフリンは心拍数で使い分けるのが基本です。
- 普段の血圧から2割の低下が目安
- まず術野、次にデバイスを確かめる
- 原因に合わせて対応する
- 昇圧薬は時間を稼ぐ手段
- 心拍数でエフェドリンとフェニレフリンを選ぶ
次に血圧が下がったら、昇圧薬の前に術野を見てみてください。理由が分かれば、慌てずに動けます。
当ブログでは、麻酔科の現場で実際に行われていることを現役麻酔科医の視点で発信しています。モニターの見方は【麻酔のモニターの見方】研修医が最初に押さえる数値と波形に、導入の流れは【麻酔導入の流れ】研修医が入室から挿管までに見るべきことにまとめました。疑問があればコメント欄で聞かせてください。
- Perioperative Quality Initiative「術中血圧に関するコンセンサスステートメント」(Br J Anaesth 2019)


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