手術前日の術前診察。患者さんに「明日は何時から食べてはいけませんか」と聞かれて、とっさに答えられない。お茶はいいのか、牛乳はどうか、子どもの母乳は何時間前までか。術前の絶飲食は、研修医が毎日のように指示を出す、身近で迷いやすいテーマです。
- 絶飲食の時間を正確に言えない
- 清澄水に何が含まれるか分からない
- 小児の母乳やミルクの時間を忘れる
- 絶飲食が守れなかったときの判断に迷う
術前の絶飲食は、麻酔中の誤嚥を防ぐための準備です。時間の目安を知ったうえで、施設の指示と患者の状態に合わせて使うことが大切です。

患者さんが朝ごはんを少し食べてしまったそうです。手術はどうなりますか。

その日にやらなければならない手術かどうかで変わります。まずは何を何時に食べたかを確かめましょう。
この記事では、絶飲食をする理由、日本麻酔科学会のガイドラインの時間、清澄水に含まれる飲み物、施設ごとの指示の違い、研修医が忘れやすいこと、そして絶飲食が守れなかったときの判断を整理します。
術前に絶飲食をする理由

麻酔で眠ると、のどの反射が弱まり、胃の内容物が逆流しても咳き込んで出すことができなくなります。逆流した内容物が肺に入る誤嚥は、重い肺炎につながることがあります。術前の絶飲食は、胃の中を空にしてこの危険を減らすために行います。絶飲食の目的は、麻酔導入のときの誤嚥を防ぐことです。
誤嚥を防ぐため
胃の中に食べ物や液体が多く残っていると、麻酔導入のときに逆流しやすくなります。
絶飲食の時間をとることで、胃の中を空に近づけます。全身麻酔だけでなく、区域麻酔や鎮静でも、全身麻酔に切り替わる可能性を考えて絶飲食を指示します。
長すぎる絶飲食にも不利益がある
かつては、手術前日の夜から長時間の絶飲食が当たり前に行われていました。しかしガイドラインは、長時間の絶飲食が口渇感や空腹感などの苦痛を与え、脱水や周術期の合併症を増やす可能性があるとしています(出典:日本麻酔科学会「術前絶飲食ガイドライン」)。
そのため、安全な範囲で絶飲食の時間を短くすることが勧められるようになりました。絶飲食は、長ければ長いほど安全というものではありません。
ガイドラインの対象にならない患者
ガイドラインの時間は、予定手術の患者を対象にしています。ガイドラインは、次のような患者は対象外とし、患者の状態に合わせた対応が必要だとしています(出典:日本麻酔科学会「術前絶飲食ガイドライン」)。
- 腸閉塞など、消化管に狭窄がある患者
- 糖尿病による胃不全麻痺など、消化管の働きが落ちている患者
- 気道確保が難しいと予想される患者
- 緊急手術の患者
- 陣痛があるなど、リスクの高い妊婦
こうした患者では、時間を守っていても胃の中が空になっていないことがあります。時間だけで安全と判断しないことが大切です。
ガイドラインの絶飲食時間

日本麻酔科学会の術前絶飲食ガイドラインは、摂取するものの種類ごとに、麻酔導入の何時間前まで安全かを示しています(出典:日本麻酔科学会「術前絶飲食ガイドライン」)。清澄水、母乳、人工乳・牛乳の3つに時間が示され、固形物は海外のガイドラインの時間が紹介されています。まずは清澄水2時間、母乳4時間、人工乳6時間の3つを覚えておきます。
| 摂取するもの | 麻酔導入の何時間前まで |
|---|---|
| 清澄水 | 2時間前まで |
| 母乳 | 4時間前まで |
| 人工乳・牛乳 | 6時間前まで |
| 軽食(トーストと清澄水程度) | 6時間前まで(海外のガイドライン) |
| 揚げ物・脂質の多い食事・肉 | 8時間前まで(海外のガイドライン) |
清澄水は2時間前まで
清澄水は、水やお茶のように透き通った飲み物のことです。ガイドラインは、年齢を問わず、麻酔導入の2時間前まで安全だとしています。
量については、患者が飲める範囲内であれば問題ないと考えられています。清澄水の2時間は、成人でも小児でも同じです。
母乳は4時間前まで
母乳は、麻酔導入の4時間前まで安全だとされています。母乳は人工乳や牛乳に比べて、胃から早く出ていくためです。
同じ乳でも、母乳と人工乳では時間が違います。小児の手術では、どちらを飲んでいるかを必ず確かめます。
人工乳と牛乳は6時間前まで
人工乳と牛乳は、麻酔導入の6時間前まで安全だとされています。
牛乳は大人でも飲む機会が多い飲み物です。牛乳は清澄水ではなく、6時間の扱いになります。
固形物は6時間が目安
日本のガイドラインは、固形物については明確な絶食時間を示していません。固形物に関する根拠が十分でなく、固形物の定義もはっきりしないためです。
ただし、海外のガイドラインでは、トーストと清澄水程度の軽食は6時間以上、揚げ物や脂質の多い食べ物、肉は8時間以上空けることが求められていると、日本のガイドラインでも紹介されています(出典:日本麻酔科学会「術前絶飲食ガイドライン」)。固形物は、軽食なら6時間、重い食事なら8時間を目安にします。実際の指示は、施設の決まりに従います。
清澄水に含まれる飲み物

清澄水は、麻酔導入の2時間前まで飲むことができる飲み物です。ただ、「透き通っていれば何でもよい」わけではありません。ガイドラインは、飲んでよいもの、注意が必要なもの、勧められないものを分けて示しています(出典:日本麻酔科学会「術前絶飲食ガイドライン」)。患者に説明するときは、具体的な飲み物の名前で伝えると誤解が減ります。
飲んでよいもの
ガイドラインで清澄水として挙げられているのは、次のような飲み物です。
- 水
- お茶
- 果肉を含まないアップルジュースやオレンジジュース
- ミルクを含まないコーヒー
コーヒーは、ミルクを入れなければ清澄水として扱えます。同じコーヒーでも、ミルクを入れると清澄水ではなくなります。
注意が必要なもの
浸透圧やカロリーが高い飲み物や、アミノ酸を含む飲み物は、胃から出ていくのが遅くなる可能性があります。
透き通って見えても、成分によっては胃に残りやすいことがあります。迷う飲み物は、清澄水として扱ってよいかを上級医に確かめます。
勧められないもの
ガイドラインは、次のような飲み物は勧められないとしています。
- 脂肪を含む飲み物
- 食物繊維を含む飲み物
- アルコール
牛乳や乳製品を含む飲み物も、清澄水ではありません。「透き通っているか」と「脂肪や繊維が入っていないか」の両方で判断します。
施設ごとの絶飲食の指示

ガイドラインの時間は、あくまで「ここまでは安全」という目安です。実際の指示は、手術の開始時間が前後することや、病棟での運用のしやすさも考えて、施設ごとに決められています。ガイドラインより長めの時間を指示している施設もあります。研修医が出す絶飲食の指示は、ローテート先の施設の決まりに従います。
施設の指示はガイドラインより長めのことがある
筆者の施設では、手術当日の0時から絶食、手術の2時間前から絶飲という指示にしています。
手術の順番や開始時間は、前の手術の進み具合で変わることがあります。時間が前後しても困らないよう、筆者の施設では、少し余裕をもった指示にしています。
患者に伝わる言い方で説明する
「0時から絶食」と伝えても、患者によっては分かりにくいことがあります。
筆者は術前外来で、「消灯したら食べるのはやめましょうね」と説明しています。時刻ではなく、生活の場面に置き換えると伝わりやすくなります。
入室前に守れたかを確かめる
ガイドラインは、手術室に入る前に、絶飲食の時間を守れたかを確かめるよう求めています(出典:日本麻酔科学会「術前絶飲食ガイドライン」)。
説明したつもりでも、患者が忘れていたり、誤解していたりすることがあります。「最後に食べたもの」と「最後に飲んだもの」を、時刻と一緒に確かめます。
研修医が忘れやすいこと

絶飲食の指示は、予定手術の成人だけを考えていると見落としが出ます。とくに忘れやすいのは、小児の母乳やミルクと、緊急手術の患者です。救急外来で出会った患者が、そのまま手術になることもあります。絶飲食の情報は、手術が決まる前から集めておくと役に立ちます。
小児の母乳とミルク
小児の手術では、母乳か人工乳か、最後に飲んだのは何時かを必ず確かめます。
母乳は4時間、人工乳は6時間と時間が違います。保護者に、母乳か人工乳かを具体的に聞きます。小児の麻酔の本は【麻酔科の参考書】研修医におすすめの本を現役麻酔科医が場面別に紹介で紹介しました。
緊急手術では必ず確かめる
緊急手術では、絶飲食の時間が守られていないことがほとんどです。
それでも、最後に何を何時に食べたかは必ず確かめます。時間が分からなければ、胃の中に内容物が残っているものとして扱います。
CTを撮っていれば、胃の中に内容物が残っているかを画像で確かめられます。最近では、エコーで胃の中を確認する方法もあります。
救急外来で情報を取っておく
救急外来を担当していて、「この患者は臨時手術になりそうだ」と感じることがあります。
そのときに、最後に食べたもの、飲んだもの、その時刻を聞いておくと、麻酔科がとても助かります。麻酔科をローテートすると、救急外来でこの情報を取る大切さが分かります。
絶飲食が守れなかったときの判断

「朝ごはんを少し食べてしまった」と入室前に分かることがあります。そのときの判断は、その日に手術をしなければならないかどうかで変わります。研修医が一人で決めることではないので、まず情報を集めて上級医に伝えます。判断の分かれ目は、手術を待てるかどうかです。
その日に必要な手術なら入室を遅らせる
その日のうちに行う必要がある手術であれば、絶食の時間を守れるところまで入室の時間を遅らせます。
手術の順番を入れ替えるなど、外科や手術室と調整が必要になります。何を何時に食べたかが分かれば、何時まで待てばよいかが決まります。
急ぐ必要がなければ延期する
その日に行わなくてもよい手術であれば、手術を延期します。
患者には申し訳ない気持ちになりますが、誤嚥の危険を冒してまで急ぐ理由はありません。延期の判断は、主治医と麻酔科の上級医で相談して決めます。
待てない手術では迅速導入
緊急手術のように、時間を待てない手術もあります。
その場合は、胃の中に内容物が残っているものとして、誤嚥を防ぐための迅速導入を選びます。待てないときは、絶飲食の代わりに導入の方法で誤嚥に備えます。迅速導入については【迅速導入の手順】研修医が知りたい通常の導入との違いと怖さで解説しました。
術前絶飲食のよくある質問

研修医や患者からよく聞かれる質問をまとめました。細かい扱いは施設によって違うので、最終的にはローテート先の決まりに従ってください。ガイドラインに書かれていないことは、施設の決まりを確かめます。
ミルク入りのコーヒーは清澄水ですか
清澄水ではありません。ガイドラインが清澄水として挙げているのは、ミルクを含まないコーヒーです。ミルクを入れたら、牛乳と同じように考えます。
ガムや飴はいつまでよいですか
ガイドラインには、ガムや飴についての記載はありません。施設によって扱いが違うので、ローテート先の決まりを確かめます。
内服薬は飲んでよいですか
手術当日に飲む薬と、休む薬は、術前診察で決めて指示します。薬を飲むための水の量や時間も、施設の指示に従います。どの薬を続けるかは【麻酔計画の立て方】術式から考えて患者に合わせる研修医の手順の術前指示でも触れました。
子どもがのどの渇きで泣いてしまいます
清澄水は麻酔導入の2時間前まで安全とされています。必要以上に長く絶飲にしないことが、子どもの苦痛を減らします。施設の指示の範囲で、飲める時間を確かめます。
最後に食べた時間が分からないときは
意識が悪い患者や、本人が覚えていない場合もあります。時間が分からなければ、胃に内容物が残っているものとして扱います。CTを撮っていれば胃の中を画像で確かめられ、エコーで確認する方法もあります。
術前の絶飲食はどこで説明しますか
多くの施設では、術前診察や術前外来で麻酔科医が説明します。術前指示を出すと、病棟の看護師からも患者に説明があることが多いです。説明したら、入室前にもう一度守れたかを確かめます。術前診察の流れは【術前評価のポイント】麻酔科医が手術前日までに見る項目にまとめました。
まとめ 術前絶飲食

術前の絶飲食は、麻酔導入のときの誤嚥を防ぐための準備です。日本麻酔科学会のガイドラインでは、清澄水は2時間前まで、母乳は4時間前まで、人工乳と牛乳は6時間前までが安全とされています。実際の指示は施設ごとに決められているので、ローテート先の決まりに従います。絶飲食が守れなかったときは、その日に必要な手術なら入室を遅らせ、急がなければ延期し、待てない手術では迅速導入で備えます。
- 絶飲食の目的は誤嚥を防ぐこと
- 清澄水2時間・母乳4時間・人工乳6時間
- ミルクを入れたコーヒーは清澄水ではない
- 小児と緊急手術は必ず確かめる
- 守れなかったら遅らせるか延期する
次に術前診察をするときは、「最後に食べたもの」と「最後に飲んだもの」を時刻と一緒に聞いてみてください。その一言が、麻酔導入の安全につながります。
当ブログでは、麻酔科の現場で実際に行われていることを現役麻酔科医の視点で発信しています。術前に確かめる項目は【術前評価のポイント】麻酔科医が手術前日までに見る項目に、誤嚥に備える導入は【迅速導入の手順】研修医が知りたい通常の導入との違いと怖さにまとめました。疑問があればコメント欄で聞かせてください。
- 日本麻酔科学会「術前絶飲食ガイドライン」(2012年7月)

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