術前説明で、合併症をどこまで話せばよいのか。起こりうることを並べるだけでは、患者さんを必要以上に不安にさせてしまいます。研修医が術前診察で迷いやすいところです。
- 何を優先して説明するか
- 頻度をどう伝えるか
- 合併症をどう防ぐか
- 起きたときの初期対応
筆者が術前説明で必ず伝えているのは、歯牙損傷、嗄声、咽頭痛、麻酔薬によるアレルギーの4つです。説明する合併症は、頻度と重さで整理しておくと迷わなくなります。

合併症を全部話すと、患者さんを怖がらせてしまいそうで迷います。

よく起こるものと、まれでも重いものを分けて話すと伝わりやすいですよ。防ぎ方まで知っていれば、説明にも自信が持てます。
この記事では、術前説明で伝える主な合併症と、その頻度、予防と対応の考え方を整理します。頻度の数字は日本麻酔科学会の情報を出典として示しました。薬剤名は代表的なものにとどめ、投与量は扱いません。
全身麻酔の合併症を説明する意味

術前説明は、同意書に署名をもらうための手続きではありません。起こりうることを患者さんと共有し、防ぐための情報を集める場です。説明の質が上がると、合併症を防ぐ力も上がります。まずは、説明に臨む前の考え方を整理しておきましょう。
頻度と重さの2軸で整理する
合併症は、頻度と重さの2つの軸で整理すると伝えやすくなります。
嗄声や咽頭痛、術後悪心嘔吐はよく起こりますが、多くは一時的です。一方、悪性高熱症やアナフィラキシーはまれでも、起きれば命に関わります。この2つを同じ調子で並べると、患者さんには違いが伝わりません。
- よく起こり一時的なもの
- まれだが重くなりうるもの
- 事前の情報で防げるもの
よく起こるものは安心材料とセットで、まれなものは防ぐための質問とセットで話します。
説明は情報を集める場でもある
合併症の説明は、そのまま問診の入り口になります。
歯の話をすればぐらついている歯が見つかり、アレルギーの話をすれば過去の症状を思い出してもらえます。悪性高熱症の話は、家族歴を聞くきっかけになります。
話すことと聞くことを、1つの流れの中で行ってください。術前評価の全体像は【術前評価のポイント】麻酔科医が手術前日までに見る項目にまとめました。
説明した内容を記録に残す
説明した内容と、患者さんから得た情報は必ず記録に残します。
動揺歯の位置や、アレルギーの症状、前回の麻酔での経験。どれも当日の麻酔担当者や術後の病棟に引き継ぐべき情報です。何を説明したかが残っていれば、万一合併症が起きたときにも経過を説明できます。
- 説明した合併症の内容
- 動揺歯や差し歯の位置
- アレルギー歴と症状
- 前回の麻酔での経験
記録は、自分を守るためだけでなく、次に麻酔をかける人のためのものです。
術前説明で伝える4つの合併症

ここからは、筆者が術前説明で必ず伝えている4つを取り上げます。どれも気管挿管を伴う全身麻酔ならではの合併症です。患者さんへの伝え方と、麻酔科医としての防ぎ方を、両方押さえておいてください。
歯牙損傷
喉頭鏡の操作で歯に力がかかり、歯が欠けたり抜けたりすることがあります。
動揺歯、差し歯やブリッジ、前歯の突出がある患者さんは特に注意が要ります。抜けた歯が気道に落ち込めば、窒息や誤嚥の原因にもなります。ぐらつきの強い歯は、麻酔中に抜くことを検討する場合もあります。
- 術前に口の中を見て記録する
- 動揺歯の位置を患者さんと確認する
- 必要に応じて歯科受診やマウスピースを勧める
- 喉頭鏡を前歯の支点にしない
術前に確認して記録し、患者さんにも伝えておくことが、何よりの予防になります。喉頭鏡の扱い方は【気管挿管のコツ】声門が見えないときに見直す順番で解説しています(出典:日本麻酔科学会「歯のぐらつきなどに心配がある方」)。
嗄声
術後の嗄声は、気管チューブが声帯のあいだを通ることで起こります。
声帯が刺激を受けて腫れるためで、多くは数日のうちに改善します。筋弛緩が十分に効く前の挿管や、何度も試みる挿管は、声帯を傷つける危険を高めます。
- 声帯を通過する気管チューブ
- 筋弛緩が不十分なままの挿管
- 繰り返す挿管操作
嗄声が長く続くときは、反回神経麻痺や披裂軟骨脱臼なども考えて耳鼻咽喉科に相談します。筋弛緩と挿管の関係は【全身麻酔の3要素】1つ欠けると何が起きるのかを現役医師が解説にまとめました。
咽頭痛
咽頭痛も、全身麻酔のあとによく見られる合併症です。
気管チューブやカフによる粘膜の刺激、口腔内の吸引が原因になります。カフ圧が高すぎると気管の粘膜への負担が増えるため、カフ圧計で確認しながら適切な範囲に保ちます。
- チューブとカフによる粘膜の刺激
- 強すぎる吸引
- 高すぎるカフ圧
患者さんには、数日で落ち着くことが多いと先に伝えておくと安心してもらえます。
麻酔薬によるアレルギー
麻酔中は短い時間に多くの薬を使うため、アレルギー反応が起こることがあります。
日本麻酔科学会によると、原因として多いのは筋弛緩薬、抗菌薬、ラテックスです。筋弛緩薬ではロクロニウムなどが原因になりえます。導入直後や、執刀前の抗菌薬投与の直後は特に注意して観察します。覆布で皮膚が見えにくいため、血圧低下や気道内圧の上昇が最初の手がかりになることもあります。
- 原因として多い筋弛緩薬と抗菌薬
- 見落としやすいラテックス
- 血圧低下と気道内圧の上昇
- 皮膚の紅潮や膨疹
疑ったら、原因と思われる薬を止め、応援を呼び、アドレナリンを含む治療を始めます。術前には、薬や食べ物、ゴム製品でのアレルギー歴とその症状を必ず聞いてください(出典:日本麻酔科学会「過去にアレルギーやアナフィラキシーをおこしたことがある方」)。気づき方と初期治療は【周術期アナフィラキシーの対応】研修医が押さえる気づき方と初期治療にまとめました。
術後悪心嘔吐とその予防

術後悪心嘔吐は、PONV (Postoperative Nausea and Vomiting) と呼ばれます。全身麻酔で最もよく起こる合併症の1つで、患者さんの満足度を大きく下げる原因にもなります。リスクを見積もり、麻酔方法と予防薬で減らせる合併症です。ここでは頻度と起こりやすい人、そして予防の考え方を整理します。
頻度とリスク因子
日本麻酔科学会によると、PONVは全身麻酔を受ける方の約30%に起こるとされています。
成人では、女性、非喫煙者、乗り物酔いや前回の麻酔での悪心嘔吐の既往がある人で起こりやすくなります。術後にオピオイドを使うことも、リスクを高める要因です。これらを数えて見積もる方法として、Apfelスコアが知られています。
- 女性
- 非喫煙者
- 乗り物酔いやPONVの既往
- 術後のオピオイド使用
前回の麻酔で吐き気があったかどうかは、術前に必ず確認してください(出典:日本麻酔科学会「以前に受けた麻酔のあとに悪心嘔吐があった」)。
TIVAで減らせる理由
麻酔の方法によって、PONVの起こりやすさは変わります。
セボフルランなどの吸入麻酔薬は、PONVの原因の1つになります。プロポフォールで麻酔を維持する全静脈麻酔、いわゆるTIVAに変えると、吸入麻酔薬を使うよりPONVが少なくなることが知られています。学会の一般向けページでも、吸入麻酔薬から静脈麻酔薬への変更が対策として挙げられています。
リスクの高い患者さんでは、TIVAを選ぶことが有力な予防策の1つです。
制吐薬とオピオイドの節約
TIVAに加えて、制吐薬を事前に使うことで予防を重ねます。
作用の異なる制吐薬を組み合わせると、1種類だけより予防効果が高まります。また、術後のオピオイドを減らすために、神経ブロックや硬膜外麻酔を併用するのも有効です。
- 作用の異なる制吐薬の組み合わせ
- 神経ブロックの併用
- 硬膜外麻酔によるオピオイドの節約
リスクが高い人ほど、予防策を重ねていくのが基本です。硬膜外麻酔でオピオイドを減らす考え方は【硬膜外麻酔とは】全身麻酔があるのになぜ併用するのかで解説しています。術後鎮痛全体の組み立て方は【術後鎮痛の方法】研修医が迷う決め方と組み合わせの考え方にまとめました。
まれでも見逃せない合併症

頻度は低くても、起きれば命に関わる合併症があります。まれだからこそ、知らなければ気づくのが遅れます。早く気づくためのサインと、術前に聞いておくべきことを押さえておきましょう。
悪性高熱症
悪性高熱症は、揮発性の吸入麻酔薬やスキサメトニウムをきっかけに起こる、まれな合併症です。
日本麻酔科学会によると、全身麻酔を受けた方の10万人に1〜2人に起こり、男性に多いとされています。呼気二酸化炭素の上昇、頻脈、不整脈、筋強直などが起こり、体温の上昇はそのあとに現れることもあります。治療には、原因となる薬を止め、特異的な治療薬であるダントロレンを投与します。
- 説明のつかない呼気二酸化炭素の上昇
- 頻脈や不整脈
- 筋強直
- 遅れて現れる高体温
体温より先に、呼気二酸化炭素と心拍数の変化で気づくことが大切です。モニターの見方は【麻酔のモニターの見方】研修医が最初に押さえる数値と波形にまとめました(出典:日本麻酔科学会「悪性高熱症と麻酔」、日本麻酔科学会「悪性高熱症管理ガイドライン2025」)。疑ったときの動き方は【悪性高熱症の対応】体温より先に見るサインと最初にやることにまとめました。
誤嚥
麻酔で意識や反射が失われると、胃の内容物が逆流して肺に入ることがあります。
誤嚥は重い肺炎につながるおそれがあり、術前の絶飲食はこれを防ぐためのものです。緊急手術や消化管の通過障害がある場合など、胃に内容物が残っていると考えられるときは、迅速導入などで導入方法を工夫します。迅速導入の手順は【迅速導入の手順】研修医が知りたい通常の導入との違いと怖さにまとめました。絶飲食の時間の目安は、【術前絶飲食】研修医が押さえる時間の目安と守れなかったときの判断で解説しました。
絶飲食が守られていないという情報は、どんなに小さくても共有してください。
術後せん妄
術後せん妄は、手術のあとに一時的に意識や注意が乱れる状態です。
高齢者や、もともと認知機能が低下している患者さんで起こりやすくなります。痛みや睡眠の乱れ、使う薬の影響も関わります。
- 高齢や認知機能の低下
- 術後の痛み
- 睡眠の乱れ
- 使用する薬の影響
リスクの高い患者さんでは、術前から家族にも起こりうることを伝えておきます。
合併症を減らすための麻酔計画

術前説明で集めた情報は、そのまま麻酔計画に反映させます。説明して終わりでは、せっかくの情報が生きません。聞き取った内容の1つひとつが、当日の麻酔方法を変える材料になります。ここでは、情報をどう計画に落とし込むかを整理します。
術前情報を計画に反映する
聞き取った情報ごとに、当日の対応を決めておきます。
PONVのリスクが高ければTIVAと制吐薬、動揺歯があれば慎重な喉頭展開、アレルギー歴があれば原因薬の回避とラテックスへの対策。悪性高熱症の家族歴があれば、吸入麻酔薬とスキサメトニウムを使わない麻酔を組み立てます。
- PONV高リスクにはTIVAと制吐薬
- 動揺歯には慎重な喉頭展開
- アレルギー歴には原因の回避
- 悪性高熱症の家族歴には誘因薬の回避
情報と対策を1対1で結びつけておくと、当日に迷いません。
患者さんへの伝え方
説明では、専門用語を避けて具体的に伝えます。
嗄声は声がかすれること、PONVは吐き気のことと言い換えます。起こりうることだけでなく、そのときにどう対応するのかまで伝えると、患者さんは安心します。
起こりうることと対応をセットで話すことが、不安を減らすいちばんの方法です。
術後への申し送り
術中に起きたことは、術後の担当者と患者さんに正確に伝えます。
歯が欠けた、挿管に難渋した、アレルギーを疑う反応があった。こうした情報は、病棟での観察や、次に麻酔を受けるときの計画に直結します。
- 術中に起きた合併症
- 挿管の難しさ
- 疑わしい薬剤と症状
次の麻酔につながる情報は、麻酔記録とサマリーの両方に残してください。
全身麻酔の合併症のよくある質問

全身麻酔の合併症について、研修医からよく受ける質問をまとめました。実際の対応は施設の方針や指導医の判断に従ってください。ここでは考え方の軸をお伝えします。
説明で頻度の数字を出すべきか
学会などの出典がある数字は、伝えてかまいません。数字があると、患者さんは起こりやすさを具体的にイメージできます。ただし数字だけを並べず、起きたときにどう対応するかを必ず添えてください。まれな合併症の数字は、かえって不安をあおることもあるため、伝え方に気をつけます。
歯が損傷したときの対応
まず欠けた歯や抜けた歯が口の中に残っていないかを確認し、回収します。見つからない場合は、気道や消化管に入っていないかを調べる必要があります。起きたことは隠さず、患者さんと家族に説明し、記録に残してください。必要に応じて歯科に相談します。
嗄声が長く続くとき
多くは数日で改善しますが、改善しない場合や悪化する場合は、声帯そのものの障害を考えます。反回神経麻痺や披裂軟骨脱臼などが原因になることがあります。様子を見すぎず、早めに耳鼻咽喉科に相談してください。
ラテックスアレルギーが疑われるとき
手袋などのゴム製品でかゆみや腫れが出たことがある患者さんでは、ラテックスへの対策をとります。手術室に事前に連絡し、ラテックスを含まない手袋や器材をそろえてもらいます。果物のアレルギーと関連することがあるため、食べ物のアレルギーもあわせて確認してください。
前回の麻酔でPONVがあった患者
前回の麻酔での悪心嘔吐は、それ自体がリスク因子です。ほかのリスク因子とあわせて見積もり、TIVAや制吐薬の予防投与を検討します。前回の麻酔記録が見られるなら、どんな麻酔でどの程度の症状だったかを確認してください。
悪性高熱症の家族歴がある患者
家族歴がある場合は、揮発性の吸入麻酔薬とスキサメトニウムを使わない麻酔を計画します。ダントロレンがすぐに使えることも確認しておきます。情報は手術室のチームと事前に共有し、当日に初めて知る人がいないようにしてください。
まとめ 全身麻酔の合併症

全身麻酔の合併症は、頻度と重さで整理すると説明しやすくなります。歯牙損傷、嗄声、咽頭痛、麻酔薬によるアレルギーを軸に、PONVや悪性高熱症といった合併症の防ぎ方まで押さえておけば、術前説明に自信を持って臨めます。
- 頻度と重さの2軸での整理
- 術前説明で伝える4つの合併症
- TIVAと制吐薬によるPONVの予防
- 呼気二酸化炭素で気づく悪性高熱症
- 聞き取った情報の麻酔計画への反映
次の術前診察では、合併症を説明しながら、防ぐための質問を1つ加えてみてください。説明が、そのまま予防に変わっていきます。
当ブログでは、麻酔科の現場で実際に行われていることを現役麻酔科医の視点で発信しています。術前診察の進め方は【術前評価のポイント】麻酔科医が手術前日までに見る項目に、気管挿管の手技は【気管挿管のコツ】声門が見えないときに見直す順番にまとめました。疑問があればコメント欄で聞かせてください。


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